初夏の午後


講義もなければ課題もレポートもない、そしてバイトもないある初夏の午後。
部活までまだ時間はたっぷりあるし、かといって特にしたいこともなく、熱気のこもった部屋で音哉と奏斗はだらだらと過ごしていた。いざ暇になるとやりたいことが思い浮かばない。

「暇だ……」
「だな」

床の上に大の字で寝転ぶ奏斗に、その横で壁にもたれかかってぼーっと天井を仰ぐ音哉。狭い室内には楽譜が散乱している。

昼食をとったばかりの二人には睡魔が襲い掛かりつつあった。せっかくの空いた時間、寝て過ごすのはもったいないと頑張って耐えてはいるが、そのうちのみ込まれてしまいそうだ。

「あ、そうだ」

ごろごろしていたら一瞬意識が飛んでいたようで、音哉の声ではっとする。なに、と間延びした声で奏斗が目をこすりながら起き上がると、あぐらをかいた足の上に何かを落とされた。

「キーボード弾いてくれ」
「……いいけど、なんでまた急に」
「聞きたくなったから」

奏斗が伸びをしながら大きな欠伸をしている間に、音哉はプリント置き場と化していたキーボードの上や周りをせっせと片づけていた。キーボードの上が片付くとアダプタをコンセントに差し込む。そしてキーボードの準備を終えるとわざわざクッションまで用意してさあどうぞと言わんばかりに隣に腰を下ろした。

「音哉って俺のピアノ好きだよね」
「好きだ」

色あせてくたくたになった表紙をめくってキーボードに置く。即答で返ってきた音哉の短い答えに、奏斗は笑いながらキーボードのスイッチを入れる。鍵盤の上に手を置いて、呼吸をひとつ。
さすがにアパートにはピアノを置く場所なんてないので、引っ越してすぐ、奏斗は貯金をはたいてキーボードを購入した。結局本格的にピアノは習わなかったものの、ふと気が向いて弾きたくなる時がある。何よりいちばんの理由は音哉が自分の弾くピアノが好きだったから。

ゆったりとはじまった聞き慣れた曲に、音哉は目を閉じる。相変わらず元気に跳ねる音に、小さな手で弾いている様子を思い浮かべて口元が緩む。
楽譜がよれよれなのは、音哉が何度も弾いてくれと頼んだせいだ。そのたびはいはいと二つ返事で奏斗は同じ曲を弾いてくれる。しかし小学生のころから何度も頼んでいるのに、未だに音哉は曲名は正確に覚えていなかった。
幼馴染の演奏する音、ピアノを弾くなんとも楽しそうな幼馴染の横顔。曲を弾き終えるまでの数分が、音哉は何より大好きだった。

「おい音哉? おーとーや!」

目を閉じて曲に聞き入っていたら、いつの間にか意識が飛んでいたようで、弾き終えた奏斗に肩を揺さぶられて起こされた。

「せっかく俺が弾いてあげてるのに」
「悪い悪い」
「……でも、それだけ俺の演奏がよかったってことでしょ?」
「まあな」
「いつかまた、ちゃんとピアノで弾いて聞かせてあげるね」
「楽しみにしてる」

大学を卒業して働くようになったら、いつか家を買って、その家にはピアノとドラムセットとチューバを置く。それが二人の夢だ。

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