恋愛対象外


隣のクラスの女子から、放課後話があるから屋上に来てほしい、なんて言われたら誰だって期待する。顔を赤くして、もじもじしながら言われたら。

やっと迎えた、いつもより待ち遠しかった放課後。こういう時に限って長引いた掃除の後、音哉に「用があるから先に行ってて」と言って鞄も持たずに屋上にダッシュで向かう。

屋上に着いたらその子はもう来ていて、俺を見ると不安げな表情が一瞬でぱぁっと笑顔に変わった。

「きゅ、急に呼び出してごめんね」
「そ、そんなことないよ!」

ドキドキしてるのは走ってきたせいか、それとも。

それでね、話って。
そこでいったん切って、また俯いたかと思えば耳まで赤くなったのが見えて、俺の心臓は落ち着く暇がない。ドキドキっていうか、ばくばくって感じ。

あまりにも次の言葉が出るまでが長くて、吹コンアンコンで結果発表される時とどっちが緊張してるかなんて余計なことを考えていた。

「猫柳くん」
「はっ、はい!?」

いつまで焦らすつもりなんだろう、と思ってたら突然名前を呼ばれて声が裏返る。

「あ、あのね……」

いちいち返事をする余裕すらなくて、ごくりとつばを飲み込む。まだか。まだなのか。

「合歓木くんのことなんだけど」
「……はい?」

あれ? 聞き間違いかな? 漫画みたいにずっこけそうになるのを堪える。
最初の文字は確かに「ね」だったと思う。だから聞き間違いかもしれない。ぼそぼそ言ってるし、風もちょっと吹いてるから、ね?

「合歓木くんって、好きな人いる?」

……どうやら聞き間違いではなかったらしい。俺の耳は正しく聞きとって、脳も正しく処理をしていたようだ。
今度こそ力が抜けた。……なんか、いろいろ返して。

「さあ? そういう話しないから分かんない」

なんでそんなこと俺に聞くよ。いや理由は分かるけどさ。なんであんな風に俺を呼びだしたよ。俺じゃなくても勘違いするよね? ……泣いていい? 男だから人前では泣かないけどさ。

俺は音哉と違って告白とか今まで一回もされたことがない。そういえば前にもあったよ。クラスの女の子に呼びだされて行ってみたら音哉のこと聞かれたヤツ! これで何回目だっけ……。っていうか、俺っていったい。

「か、彼女は? 付き合ってる人は? いないよね?」
「だと思うけど……たぶん」
「よかった」

かといってお前が音哉と付き合えるとは限らないけどな! ……とは心の中で言っておく。
性格悪くてごめんな! 普段ならこんなこと絶対思わないんだけどな!

「じゃあさ、合歓木くんは、どういう子が好きとか知ってる?」
「うーん……そういう話しないからなー」
「……仲いいのに?」
「仲はいいけど男同士ってそういう話あんましなくない?」
「言われてみればそうかも」

なにがおかしいのか笑うのにつられて俺の口からは苦笑いが漏れる。

「部活あるのにわざわざごめんね? 来てくれてありがとう。部活頑張ってね!」
「おう。ありがとー……」

なんかよく分かんないけど笑顔で手を振りながら去っていくその子の背中が見えなくなった後、でっかいため息が出た。

「なんだったんだよ……」

思わず口に出た。

好きな人がいるかとか、彼女がいるかとか、どういう子がタイプだとか、全部本人に聞けよ。本人がかっこよくて声をかけるなんてできないからーとか、声かけたら周りがうるさいからーとか、理由は分かるけど俺に聞くなよ。知らねーよ、俺は音哉じゃないんだからさ。本人に聞け! ……って言いたくても言わないでちゃんと質問に答えてあげるあたり、俺ってお人好しかもしれない。

これ以上ここにいる意味はないので部活に向かう。もう音出ししてるじゃん。急がないとって頭では思ってるけど、精神的に疲れて壁に手をつきながらのろのろと歩く。
なんとなく予想はしてたけど、俺への告白じゃなかったっていうむなしさと、音哉ってモテるんだなぁっていう、やっぱりなっていう気持ちと、後味の悪さと。ドラム叩いて忘れたいのに足が重い。

……実はさっき、ひとつだけ嘘ついた。音哉とはそういう話しないっていうの。一回だけしたことある。好きな人がいるかどうかも、どんな子がタイプかも全部聞いた。だから知ってる。でも教えてなんかやらないんだ。どうしても知りたかったらそれこそ本人に直接聞けばいい。教えてくれるかどうかは音哉次第だけど。

ちっちゃい子が好きって言ってたから、俺への告白じゃなかったあてつけを抜きにしてもとっさに嘘をついてしまったのかもしれない。さっきの子、ちっちゃくてかわいい子だったから。俺のクラスで「あの子かわいいよね」って言ってる奴が何人かいたから。

だって、うらやましいというか、くやしいじゃん。同じ男ってだけで恋愛対象には入らないんだもん。女ってだけで、絶対に恋愛に発展するとは限らないけど可能性はゼロじゃないじゃん。さっきの子と音哉が面識あるかどうかは知らないけど、アタックし続けてたら可能性はあるかもしれない。だってちっちゃいし、ちっちゃい子が好きって言ってたし。俺だってちっちゃいけど、条件を満たしてても男っていう性別に生まれてる時点でそんなの意味ないんだよ? 相手の好きなタイプに当てはまってても、男ってだけで対象外なんだよ? 男だから、それだけの理由でダメなんだよ? それ以外のタイプが合ってても、それだけでダメなんだよ? 可能性は最初からゼロなんだよ? ……くやしいじゃん。

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