それでは、また


「よう来たなぁ、朔楽くん」

 卒業式が終わった後、鴨部先輩と探そうと思ったら本人から連絡が入っていた。言われた通り音楽室に向かうと、ドアの音で気付いた鴨部先輩はこちらに振り返る。

「し、失礼します……」
「すまんなぁ、呼び出したりして」
「いえ、僕もちょうど鴨部先輩のところに行こうと思っていたので……。鴨部先輩、卒業おめでとうございます」

 そう言って、頭を下げて花束を手渡す。花束よりもっと気の利いたプレゼントがあるんだろうけど、僕のセンスで選ぶよりは、お花屋さんが選んでくれる花束のほうがいいかなって思って結局花束になった。

「わざわざ準備せんでええのに。でもおおきにな、朔楽くん」

 花束を受け取ってくれて笑う先輩は、いつもの先輩で。……なんだか、今日でお別れって実感がない。そもそも先輩は部活にもほぼ顔を出さなかったし、部活を引退した後もたまに顔を出しに来たから余計にそう思う。どちらも顔を合わせる頻度はあんまり変わらなくて。

「朔楽くんも忙しいやろうし、手短に話すわ。ちょい待ってな」

 別に忙しくはなくて、まあ確かに他の吹奏楽部の先輩にも花束を渡しに行こうかとは思ってたけど、本命の鴨部先輩に渡せたからとりあえずは満足だった。あんまり部活に顔を出さなかったとはいえ、同じパートの先輩。お世話になったし、迷惑もかけた。尊敬もしていた。

 言われた通りに待っていると、鴨部先輩はスクールバッグから黒いものを取り出した。そしてそれを僕に手渡す。……もしかして、これって……?

「もう俺は使うこともないと思うし、朔楽くんにやるわ。ゆーても、朔楽くんも使わないやろうけど」

 ひんやりしたそれは、僕の勘が当たっていれば中に入っているのは楽器だ。大きさからして、おそらく中身はピッコロ。

「も、もらえないです! こんなの……!」
「使わない奴が持ってるより、使う人が持ってるほうがええやん?」
「で、でも……!」
「大丈夫やって、安もんやし」

 僕が言いたいのは、もちろん値段の問題じゃない。そりゃあ、いくら安いのって言ったって、高校生がぽんと出せるような金額でもないけど。

 楽器ケースを両手に持ってわたわたしている僕を見て、鴨部先輩は笑う。……一度受け取ってしまった以上、もうどうにもならないだろう。先輩のことだから、「あげるって言ったやん」とか言って、ひょいひょいかわされそう。なんでとっさに受け取ってしまったんだろう。

「最後くらい、おおきにって笑うくらいできひんの?」
「でも……やっぱりこれ、受け取れないです」
「受け取っておいてなに言ってるん?」

 ……ほら、やっぱり。

 鴨部先輩からのプレゼント、うれしくないわけじゃないけど、最初で最後のプレゼントがこれって、なんか複雑だ。

「じゃあ、えっと、その……ありがとうございます」
「やっぱ素直でええな、朔楽くんは」

 受け取るのも気が引けるけど、やっぱり返すこともできないだろうし。だから受け取ってしまった以上、きちんと使ってあげるのが一番かなって、僕の頭ではそれがベストかなって結論が出たから。

「そんじゃ、これ以上朔楽くんの時間をもらうのもアレやし俺は帰るわ。ほんじゃなー」
「あっ……! ……せっ、先輩!」
「ん? まだなんかあるん?」

 だ、だってまるでなにもないように帰ろうとしたんだもん……。とっさに呼び止めちゃったものの、なにを言いたかったわけでもなかった。

「いえ、やっぱりなんでもありません。……では、また」

 今までありがとう。さようなら。そう言ってしまうのはなんだか惜しくて、僕もなにもないように見送った。
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