ラッパ吹きとサックス吹きとパーカス奏者の休日返上


「やっほー弾きゅん!」
「その呼び方やめて」
「おーっすなんでもちびー!」
「れんれん先輩おはようございまーす! その呼び方やめてください!」

 朝からやたらハイテンションで連と弾の前に現れたのは、なぜかトランペットケースをさげた奏斗。奏斗が今日持っている楽器の説明は今はさておき、奏斗がはるばる二人の元を訪れたのは、つい先ほど弾から呼び出されたからだった。その理由はというと。

「で、なんで急にトランペット? で俺?」
「まあトランペットが吹ければ誰でもよかったんだけどね」
「そんなことないぞ!」

 辛辣な弾に連がフォローを入れるが、二人のことだしそんなことだろうなと奏斗はため息をひとつ。おそらく、トランペットを所有しており、今日暇な人物ということで選ばれたのだろう、と奏斗は自己解決する。調辺高吹奏楽部のトランペットパートは、連、そして冴苗、山吹の三人だが、この中でいわゆるMy楽器を所有しているのは連だけである。本来はパーカッションである奏斗がなぜトランペットを持っているのかといえば、奏斗の家は親戚も含め音楽一家で、楽器がそろっているからだ。トランペットが吹ける理由も同じく。

「突然だったからPペットしかなかったけど、大丈夫?」
「まあ問題ないっしょ」
「おう! ラッパなら問題ないぜ!」

 奏斗が黒いソフトケースから取り出したのは、ボディが水色のトランペット。"P"とはプラスチックのことだ。黄色いトリムがいかにもおもちゃっぽくて、でもポップな配色はかわいい。

「で、トランペット二本とサックス一本でなにを?」
「ラッパ吹きの休日返上。変則でぼくはソプラノサックスだけど」
「えぇ……俺ハードすぎない……?」
「なんでもちびなら大丈夫っしょ!」
「だからその呼び方やめてくださいー!」

 ラッパ吹きの休日返上、もといラッパ吹きの休日――トランペット吹きの休日とも呼ばれる――とは、ルロイ・アンダーソンが作曲した、運動会などでおなじみのトランペットが活躍しまくるあの曲である。ちなみになぜこんなにもトランペットが忙しいのに"休日"と銘打っているのかというと、軍隊のラッパ吹きは決まった時間に決まった信号ラッパしか吹けなかったため、「休みの日くらいは思う存分ラッパを吹きたい」という気持ちを曲にしたものであるとされている。最初から最後までトランペットが軽快に、しかしせわしなく音符が動き回る様は、弾が言うように「休日返上」や「休日出勤」などと揶揄されることもしばしば。

「パートは?」
「れんれんが1st、ぼくが2nd、猫柳くんが3rdかな」
「ですよねー」

 正直、このパート割りは奏斗には読めていた。連が1stなのは確実だし、そうなると弾は2ndを選ぶだろう。そして残るのは3rd。

 奏斗は手渡された3rdの楽譜を風で飛ばされないよう、話しながら組み立てていた譜面台に洗濯ばさみで固定する。

「よし、寒いしとっととやっちゃおーぜ! んでオレん家でゲームしよゲーム!」
「それはいいですけど、普段パーカスなのにこの曲ほぼ初見って」
「猫柳くんならできるでしょ」
「……それ、本心で思ってる?」
「思ってる思ってる」

 どうせ弾の言うことだから、適当に言っているんだろうとは思うが、そこは根がポジティブな奏斗なので一応受け止っておく。

 ほぼ初見とはいえ、何度も耳にしたことがある曲だ。あとはこの寒空の下、指が動けばおそらく大丈夫であろう。

「よし、やるだけやってみるか」
「そーこなくっちゃ!」

 軽く音出しをした後、覚悟を決めて奏斗は楽譜と向き合う。プラスチックのトランペットといってもマウスピースだけは普通の金属の楽器のものがあったのでそれを使用しているが、楽器に息を何度吹きこんでもすぐに熱が盛っていかれて唇に触れるそれは冷たい。

 連、弾、奏斗の順にやや円を描くように並び、曲のアインザッツを指示するのは真ん中の弾。

 日曜日の晴れた寒空に、ラッパとサックスによる"ラッパ吹きの休日"が軽快に響き渡る。犬の散歩をしている人やウォーキングをしている人など、道行く人も聞き慣れた旋律に足を止め、演奏に聞き入る。

 初見だというのに息の合った演奏で、連と弾が勝手にアレンジを入れるのに負けないよう、奏斗もアレンジを加える。

 こうしてできあがったラッパ吹きとサックス吹きとパーカス奏者のまさしく休日返上に、足を止めて聞き入ってくれていた人たちから拍手と歓声が上がった。
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