僕とフルートの話2


文化祭が終わると三年生の先輩は引退になる。吹奏楽部はいちばん遅い。運動部だと春の大会が終わると引退だし。

先輩が引退して、フルートは僕を含めて二人になった。パート練習の時の気まずさといったら。同じ二年生だったけど、気の強い子で僕のことをよく思ってはいないみたいだった。……まあ僕のことをよく思っていない人なんて同じ学年にもっといるけど。

仕方ないよね。基本的に個人練習とパート練習はパートごとに教室が割り当てられるから、異性と教室で二人きり。中学生にもなるといろいろ面倒だからね……実際そんな噂は立ってたみたいで、どこから聞きつけたのかクラスメイトからからかわれたりしたっけ。否定しても余計に騒がれるだけだからなぁ、ああいうのってどう対処するのがいいんだろう。
寝癖でぼさぼさ頭の根暗ながり勉と噂が立っても嬉しくないよね。そこは本当に申し訳ない。

もちろん1stはそのもうひとりの子で、僕が2nd。まだ吹き始めて数ヶ月しか経っていないし、技術的にも到底その子には及んでいなかった。彼女、小学生の時からやっているみたいで本当に上手かった。
……それに、女の子が吹いている方が絵になると思うし。なんて理由も少し。その子とはクラスは違ったけど、僕のクラスでも何度か話題に上がるくらい、美人な子だった。


   * * * * *


三年生になって、僕にとっては最初で最後の吹奏楽コンクール。僕も出させてもらえることになって、いいのかなと思いつつも出させてもらえるなら精一杯頑張ろうとより一層練習に熱を込めていた。

あ、余談なんだけど、この年に男子が二人ほど入部してきた。それぞれパーカスとトロンボーンになっちゃったけど、同性がいてくれるだけでちょっと心強かった。あとで入部した理由を聞いてみたら、僕がいたから入る気になったそうで、すごく嬉しかった。


そして楽譜が配られる日。いつもなら先生が持ってくるか、部長が取りに行ってパートごとに配るんだけど、その日は先生が来て、そこまではいつもと同じだったんだけど、なぜかフルートだけ呼ばれなかった。不思議に思って僕の代わりに彼女が先生に聞きに行ったら、なぜか僕まで呼ばれて職員室の近くの教室まで連れてこられた。
こんな風に先生に呼び出されたり人のいない教室に連れてこられたりすると、怒られるんじゃ……ってドキドキするよね。何か悪いことしたかなぁ……。

「鳩村くんさぁ、短期間でずいぶん上手くなったよね〜。先生びっくりしちゃったよ」
「あ、ありがとう……ございます……」

二人して背筋を正して先生が話を切り出すのを待っていたら、第一声がそれでなんとなく気が抜けた。褒められたのは素直に嬉しいけど、何を言われるんだろう。お腹が痛くなってきた。

「それでね、ずっと考えてたんだけど、コンクールの1stはオーディションで決めたい、って先生は思っててね」
「えっ……!?」

がたん、と音を立てて隣の机が揺れた。少し遅れて僕の口からも間抜けな声が漏れる。

――それってつまり、僕が1stを吹くことになるかもしれない、ってこと?

「僕……ですか?」
「鳩村くんはまだ楽器に触って間もないけど、でも本当に上達したと思う。……それは貴女も分かるよね?」
「……はい。すごいなと思ってました」

机の下で、彼女が拳をぎゅっと握ったのが見えた。不謹慎だけど、そう思っててくれたんだったらすごく嬉しい。僕のこと、認めてくれてないのかなってずっと思ってたから。

「でも二人とも上手いのも先生は知ってる。すごく上手。それぞれ違った良さがあって、先生はどっちも好き。……それで、先生としてはどっちが1stを吹いてもいいと思ってるけど、貴女は小学生からやってて、鳩村くんはまだ一年もやってない。だからもし鳩村くんに1stやって、って頼んだら納得いかないよね? だからみんなに決めてもらおうと思って」

つまりは、どちらが1stを吹くか、オーディションで決めるってこと……だよね?
予想外の先生の言葉に頭が真っ白になった。だってまさか、入部して一年も経ってないのにそんなことを言われるだなんて思ってなかったもの。

……でも、納得させるためにオーディションをする、と言ってもやっぱり納得いかないと思う。もし逆の立場だったら僕だって少なからずもやもやしただろうし。
僕もフルートを吹き始めてすぐにフルートを好きになって今に至るけど、彼女だってフルートが大好きで今まで頑張ってきたのは分かるから。一緒に練習してて、それはすごく分かる。

「……分かりました」

そんな彼女だから、そんなの認めないって言うと思ってた。そしたら案外あっさりと了承してびっくりする。

「じゃあ十日後の日曜日にオーディションするから、それまで練習してきて。部員にはどっちが吹いてるか分からない状態で聞いてもらって、どっちがよかったか多数決で決める。で、いい?」
「はい」

僕と彼女の声が重なる。

先生に手渡された楽譜には、1stの文字。受け取る時に手がかすかに震えているのが分かった。隣は怖くて見る勇気はなかった。


   * * * * *


その日の夜は全然眠れなかった。

一度喉が渇いて体を起こした時、薄明かりの中で机の上の楽譜が目に入った。

コンクールは彼女が1stで僕が2nd、もしくは一年生の実力によっては3rdを吹くものだと当然のように思っていた。
去年僕にいろいろ教えてくれた先輩が1stで、すごくきれいな音を奏でていたから、1stに憧れなかったわけではない。でも、それほど執着しているというわけでもなかった。1stだろうと2ndだろうと3rdだろうと、任されたら自分なりに精いっぱい頑張りたいと思う僕は甘いのだろうか。

先生から褒められたことは素直に嬉しいし、僕が1stを吹いてもいいってことは、自分で言うのもなんだけど自分に力はあるのだろう。ただ、知識や経験の差でいえば、あの子の方が上だから。

でも今更やっぱり僕にはできません、なんて言うつもりもなかった。……寝る前までは明日朝一にそう言いに行こうか悩んでいたのは事実だけど。
彼女がそれでいいと言ったのなら、覚悟はあるんだろうし……。僕も「はい」と言ってしまった以上、ここでやっぱり、なんて引き下がったらその方が納得いかないだろうしなぁ。僕にとっても彼女にとっても今年が最後だから、少しでも悔いのないようにしたい。
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