パイナップルキャンディ


「あ、そうだ。ねぇ倉鹿野、これ吹いてみてよ」

 思い出したように有牛に差し出されたのは、パイナップルの形を模したキャンディ。とっさに受け取ってしまうも俺は意味が分からず、手の中のキャンディを凝視していた。……これを吹く? って言った? 俺の聞き間違い?

「……えっと、どういうこと?」
「それでバズィングしてみて」
「こ、これで……?」

 ふえラムネの要領でやるとか? とか考えてたらまさかのバズィングだった。ちなみにバズィングっていうのは、金管楽器って唇を震わせることで音を出してるんだけど、それのこと。

 パイナップルといっても、缶詰のパイナップルの形だから、真ん中に穴が開いてるんだけど、この穴でバズィングしろってこと? ……だよね?

「昨日そんな動画見つけてさ。倉鹿野ならできそうって思ったんだよね」
「な、なんで俺……?」
「ほら、ホルンのマッピって小さいから」

 な、なるほど……。まあ確かにホルンのマッピは小さい小さい言われるけど、かといってこんなには小さくはない。というか、内径だったらトランペットのほうが小さかったりする。

 そんなの絶対無理でしょ、と思う反面、挑戦してみたいかも、なんて思う自分もいる。だって、実際できる人はいるんでしょ? ってことはつまり、絶対に無理ではないってことじゃない? だって、できたらすごくない?

「……やるだけやってみようかな」
「俺、倉鹿野ならできる気がするんだよね」
「や、あんまり期待はしないで……」

 袋を開けてキャンディを唇に軽く押し付ける。その状態で軽く息を吸うと、甘い、パイナップルの風味が口の中にふんわり広がった。

 とりあえず一回目は、案の定無理だった。というか力が入りすぎた。二回目、三回目はただ息が穴の中を通り抜けていっただけ。四回目は、穴のところじゃないところでバズィングしてしまった。

 そして五回目。軽く深呼吸して、唇と指の熱で少しとけてきたキャンディを口に当て、そして。

「あっ、できた!」
「さすが倉鹿野」
「見た? 今の見た?」
「見た見た。純粋にすごい」

 まさかできるとは思ってなかったし、しかもほんの数回でできたことにも自分でびっくりして、でもなんか妙にそれがうれしくて、変に興奮した。
 やってみれば案外できるもんだね。もう一回やってって言われたらできる自信はないけど。でもできた。しょうもないことかもしれないけど、なんかうれしい。

「じゃあ次は五円玉かな」
「いや、さすがにそれは無理だと思う……」
「五十円玉がいい?」
「……もっと小さくなってない?」

 まあ、世の中にはもしかしたら五円玉や五十円玉でバズィングできる人もいるのかもしれないけどさ、俺にはそこまではできないと思う。
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