クラリネットで遊んじゃった
昼休み、たまーにおれがクラリネットで遊んでいる時、弾くんがそれはそれはうらやましそうな視線をおれに時々投げてくるから、「吹いてみる?」って聞いてみたら、案の定、「吹いてみてもいいけど」という答えが返ってきた。笑ったりダメなんて言ったりしないからしないから素直に「吹いてみたい」って言えばいいのにね。でもそこが弾くんらしい。
「んじゃとりあえずこれ」
これ、と言っておれが弾くんに手渡したのはクラのマウスピース。弾くんのことだから初心者みたいにマウスピースからなんて嫌かなと思ったけど、そこは意外にすんなり受け取った。
おれもついでに遊ぼうとリードを付け替えてたら、隣から音が聞こえておれは思わず歓声を上げた。ら、にらまれたのでごめんごめんと平謝りする。この程度で馬鹿にしてるの? とでも言いたいんだろうけど、弾くんの表情はまんざらでもなさそうだった。
しかし、さすがサックスをやってるだけある。おれが中一で初めて吹いた時なんか、一日鳴らなかった。同じシングルリードでも、クラのほうが鳴らすのは難しいらしいってあとから聞いたから、それなら仕方ないか、なんて思ったりしたけど。
でも、高校でサックスに転向した時にマウスピースを一発で鳴らせたのは、さっきの弾くんにも言えるけど、同じシングルリードだから何か通ずるものがあったのかもしれない。よく分からないけど。
あ、どうでもいいけど、おれ中学の時はクラリネットやってたんだよね。サックスは高校から。見学には何度か行ったけど、一度も吹いたことなかったし、特にやりたい楽器もこれ! って決まってなかったとはいえ、まさかクラリネットになるとは思わなくて、楽器が決まった時はびっくりしたっけ。クラリネットって人数が多いパートだから、人が足りなかったらしくて、なりゆきでクラになったんだよね。サックスってかっこいいなって、きっと誰しも一度は抱く憧れを抱いたのは中二になる頃で、サックスを希望すればよかったなぁってちょっと後悔したりもした。希望者多かったから、きっと中学ではなれなかっただろうけどね。
そんなどうでもいい話はさておき、弾くんのことだから、あとはそのままでいいだろうと思ったと同時に、早速いい音が鳴るポイントを発見したらしく、いきなり音量が倍くらいになって思わず肩が跳ねた。さっきまでも音は出てたけど、かろうじて鳴ってるって感じだった。
そこからはもう、さすが弾くんで、運指をちょっと教えた以外は勝手に成長していってた。どうしても中一の時、おれが初めてクラリネットを吹いた時と重ねてしまって、ちょっと悔しいような気持ちもあるけど、それ以上にさすが弾くん! という気持ちが強いあたり、立派に下僕に育ってきてるなぁと、おれも隣でクラを吹きながらふと考える。
「いつか一緒にアンサンブルやらない? クラで」
「え? クラで?」
「弾くんならすぐできるようになると思うよ」
「でもぼく、今までサックス一筋できたし」
と言いながらも、表情はやっぱりまんざらでもなさそうで。当たり前でしょ? とでも言いたげな表情が弾くんらしくて、分解した楽器をケースにしまうふりをして、こっそり笑う。ちなみに楽器は倉庫に眠ってたのを使わせてもらった。だって、後輩の、しかも女の子のを借りるのは気が引けるし、先輩のを借りるのもなんとなく……だったから。
昼休み終了五分前になってようやく思い出したけど、昨日、なぜか成子くんがクラリネット吹いてて、成子くんは息だけ入れて橘さんが演奏するっていう遊びをやってて、実はあれをやりたくて弾くんに声をかけたのもあるんだけど、やっぱり無理だろうなぁ。だって弾くんだもの。自分で演奏したいだろうね。