翔べ!調辺高クリスマス2015


 十二月は師走といい、先生や坊主など師が忙しく走り回るからそういう字を書くのだという説をよく聞くが、語源は不明なのだそう。
 一年の終わりで何かと忙しい時期でもあるが、子どもにとってはクリスマスに大晦日、そして年を越せばお正月と楽しみも多い月でもある。


 クリスマスを間近に控えた日曜日。調辺高の音楽室は、一足先にクリスマスムードに染まっていた。窓や壁にはトナカイやサンタなどのシールが貼られ、黒板には小さなクリスマスリース、そしてピアノの上には小さなクリスマスツリーが飾られている。これらはすべて、こういったイベントが大好きな観田先生と、それにのせられた源内先生の私物だそう。いつもは厳しい源内先生だが、実は女性らしくかわいいものが好きだとか、そうでないとか。

 吹奏楽部の部員たちも、全身サンタの衣装やトナカイの着ぐるみに身を包んだ本格的なコスプレから、サンタの帽子やポンチョ、トナカイの角と耳のついたカチューシャをつけたプチコスプレなど、全員それぞれクリスマスにちなんだコスプレをしていた。中には今日演奏する曲にちなんだコスプレや、ややネタに走ったコスプレをしている者もいる。

 ふと、壁にかけられた、これまたクリスマス柄の十二月のカレンダーを見てみれば、今日の日付に赤いサインペンで花丸がついていた。一日ごと正方形に仕切られた枠から思い切り飛び出して「クリスマスコンサート!!」と誰が書いたのやら、元気いっぱいの字は目をひいた。

 本日、ここ西高では吹奏楽部によるささやかなクリスマスコンサートが開催される。曲選びから会場の準備、曲の練習に演出等々、部員たちの気合いの入れようはすごかった。年に一度の大イベントと言ってもおそらく過言ではないだろう。それほど気合いが入っていた。先生も先生で、ノリノリだったりする。

「みんな、準備はできたかな?」

 真っ赤なサンタの衣装に身を包み、大きなプレゼント袋まで背負った熊谷が部員に尋ねると、元気な返事が返ってきた。それを聞いて、熊谷は満足そうに頷く。

 三年生はこれが最後だから、二年生は去年の楽しさを経験しているから、興奮でそわそわしていた。対して音楽室の隅でかたまっている一年生は、緊張と恥ずかしさとでそわそわしている。いつもの制服にサンタの帽子、もしくはトナカイの角と耳がついたカチューシャをかぶっているだけなのに、それでもなんとなく気恥ずかしいらしい。

「コスプレして演奏なんて、今までしたことないからなぁ……」
「おれも」

 自分の頭のトナカイの耳を触りながら、理澄がはにかむ。その隣で眉間にしわを寄せて頷いたのは山吹。彼らは中学でも吹奏楽部だったが、仮装して演奏するなんて経験は今日が初めてだ。仮装は自由で、してもしなくてもよいとのことだったが、いつの間にかサンタの帽子をかぶるだけでもいいから仮装は必須となっていた。

 自分たちも二年生、三年生になれば、百円ショップのかぶりものをかぶっただけの仮装もどきではなく、あんな風に気合いの入った全身コスプレをノリノリでできるようになるのだろうか、と先輩たちを見てぼんやり思う。

「そろそろ時間だし、移動するか」
「そうだね。ステージの微調整もあるだろうし、そろそろ出ようか」
「ぃよーっし! 死にに行くか! よっしゃあ!」
「そうだね。男だし、覚悟決めて行こう」
「覚悟決めるしかないね」
「……わたしは女だけど」
「おれ男だけどまだ十五だし死にたくない」

 拓人と熊谷の後ろで物騒なやりとりをしているのは金管。気合いの入った先輩たちの会話を聞いて、山吹が後ろのほうでぼやく。

 今日のトリの曲は、序盤から金管殺しの譜面になっている。トリに持ってきたのはそういう理由だが、その後もアンコールが控えているため、そこで全力を使い果たすわけにもいかない。が、それでも全力で挑むしかない。どんな演奏でも、全力で楽しんで演奏する。それが西高吹部のスローガンのようなものでもあった。

 
   * * * * *


 簡単な司会を挟んで、次はいよいよトリである「アニメ・メドレー 翔べ!ガンダム」だ。この曲は、テレビアニメ「機動戦士ガンダム」で使用された曲がメドレーになっているもの。

 司会進行を務める部長の熊谷と、副部長の舞がそれぞれ戻ったのを確認して、観田先生が指揮棒を構える。

 指揮棒が振り下ろされると同時に、構えたマレットがティンパニと銅鑼を鳴らす。金管がメゾピアノから神秘的な旋律を奏で、クレッシェンドしてフォルテまで盛り上げる。
金管は序盤でとにかく本気を出せ、ここで出しきれと何度も練習で言われた通り、「長い眠り」に全力を注ぐ。

 「長い眠り」から一気にテンポアップして、「ガンダム大地に立つ」から今度は、誰しも耳にしたことがあるであろう、タイトルにもなっている「翔べ!ガンダム」が始まる。金管が頑張らねばならない序盤が終わったからとひと息ついてる暇もなく、主旋律をトランペット、トロンボーンの順でそれぞれ務める。

 まだまだ余裕そうな表情なのはそれぞれ1stの連と有牛。まだいけるとなんとか持ちこたえているのが冴苗と凜。必死に食らいついているのが成子。もうダメだと苦しそうな表情で、それでも頑張っているのが山吹。

 主題が終わると、再び鋭いティンパニが雰囲気をがらりと変える。
テンポがゆっくりになり、スネアの三連符から始まるのは、「戦いへの恐怖」。ガンダムの発進や、戦闘開始のきっかけとして使用された曲。フィルインのティンパニを合図にテンポと拍子を変え、さらに緊張感が増す。二回ほど同じフレーズを繰り返したのち、赤い彗星のシャアのテーマである「颯爽たるシャア」が始まる。ドラムと中低音が刻む上で、トランペットたちが唸る。

 ラレンタンドで徐々にテンポを落とし、スローになったところでグロッケンとウィンドチャイムからゆったりと始まるのは、アニメのエンディングで使用された「永遠にアムロ」。旋律のテナーサックスソロを務めるのは、もちろん弾。
普段と違ってあまり歌わないのは、原曲に合わせてあえての演出だ。それでも充分すぎるほどサックスの腕と才能を見せつけ、サスペンデッドシンバルのロールと共に七小節ほどのソロを終えた弾は、小さくお辞儀をして席へと戻る。客席からぱらぱらと拍手が沸き起こった。

 金管が盛り上げた後、全体の音量が落ちてしっとりと始まるオーボエの間奏。甘いオーボエの音色の裏で、ホルンが動く。

 そして再びグロッケンとウィンドチャイムから、同じ旋律で今度はトランペットのソロ。トランペットのソロを務めるのは、先ほどテナーサックスのソロを務めた弾の兄、連。連は弟の弾と違ってソロに固執はしておらず、今回も楽しむことが目的のコンサートだからと後輩に任せたいと言っていたのだが、本人がガンダムのファンらしいのと、最後だからお願いしますと後輩が頭を下げて頼んだ。冴苗も山吹も、連のトランペットが好きだから。

 トランペットのソロを終え、サビを繰り返したのち、クレッシェンドで一気に盛り上げる。観田先生が振り上げる指揮棒と一緒に、ステージと会場のテンションも上がっていく。
 堂々と、フォルティッシモから始まったフィナーレは、そのままの音量と勢いと堂々さを保って、フォルテピアノでフォルテからピアノに落とし、そこからクレッシェンドで盛り上げて、一瞬溜めた後全身で振り下ろされた指揮棒とともにスフォルツァンドでフィーネ。


 スフォルツァンドの余韻に一瞬浸った後、客席からは盛大な拍手が湧き起こる。観田先生の指示で部員たちが起立し、それを確認すると観田先生がくるりと客席に振り返ってお辞儀をする。
観田先生が舞台袖に去った後も拍手は鳴り止まず、徐々に手拍子に変わる。それは、アンコールの合図。

 副部長の響介が楽器を置いて立ち上がり、ステージ前へと急ぐ。ブレザーの胸ポケットからカンペを取り出し、お辞儀をするとようやく手拍子が鳴り止んだ。

「アンコール、ありがとうございます。アンコールは、『ママがサンタにキスをした』を演奏したいと思います。この曲は、曲名の通りママがサンタにキスをしているのを目撃した内容の詞の曲です。いろんな国で翻訳されて世界中で歌われているクリスマスソングで、日本でもいろいろな歌手が歌っています」

 もともとアンコールは今まで演奏したことのある曲の中から選ぶ予定だったが、「ママがサンタにキスをした」は、観田先生の一曲くらいならポケットマネーで買ってあげるよというご厚意に甘えて、あえて部員たちが自分で自分の首を絞めた。特に金管は、先ほどのガンダムでほとんど使い果たしているというのに、どうせなら最後までソロをやってやろうじゃん、などと言い出したのだ。この曲には、トランペット、クラリネット、トロンボーン、アルトサックスのソロがある。どれも数小節だが、ソロとなれば気を抜くわけにはいかない。

「この曲でソロを担当するのは、トランペット榎並冴苗、クラリネット千鳥拓人、トロンボーン羽柴凜、アルトサックス茅ヶ崎弾の四人です」

 名前を呼ばれた四人はその場で起立し、小さくお辞儀をする。経験のある拓人と弾とは裏腹に、冴苗と凜は緊張した面持ちで、拍手をされた時もそわそわと落ち着きがなかった。というのも、いつもソロといえばトランペットは連、トロンボーンは有牛で、二人ともソロを任されたことなど今まで一度もないからだ。

 冴苗は本人の希望もあって基本的に3rdか時々2ndなのだが、1stも一度やってみたいといつか言っていたのを覚えていた連が無理矢理やらせた。しかし本人もまんざらでもないといった様子で、やっぱり自分に1stなんて向いていないんじゃないかなどと言いながらも乗り気だった。ちなみに面白そうだからという理由で一年の山吹にやらせようという話も持ち上がったが、一年生がソロなんておかしいという頭の固い山吹理論により却下された。

 凜も基本的に2ndで1stに憧れを持っており、今年が最後だし思い出作りにと有牛が背中を押した。しかしこちらも当初は乗り気ではなく、それを言うなら有牛だって最後だし、有牛のほうが音量があるからなどと渋っていたのを、こちらも無理矢理押し通した。本心ではやりたいと思っているのを、有牛も成子も知っていたから。1stの楽譜を押し付けた時、口では素直じゃないことを言いながらも、顔はとても嬉しそうだった。

「そして一番最後に、『JUPITER POP STYLE』をお送りします。今日はお忙しい中お集まりいただき、本当にありがとうございました! それでは、二曲続けてお聞きください!」

 響介が頭を下げると、まばらな拍手が起こった。カンペを再び胸ポケットにしまい、急いで自分の席へ戻る。それを確認した観田先生が舞台袖から指揮台へ戻り、指揮棒を構える。各々楽器を構えたのを確認して、にっこり、ソロで緊張しているメンバーに大丈夫だよと笑いかけてから、しなやかな動きで指揮棒を振った。
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