おめでとう、ありがとう


「俺も演奏したかったなー。よりによって俺が好きな曲やるなんてさ」
「言うことそれかよ」

吹奏楽部の演奏で退場してきて教室に戻る頃にはすっかりいつもの奏斗に戻っていた。数分前の合唱ではあれだけ大泣きしていたというのに。そんな音哉も恥ずかしながら周りからもらい泣きしてしまった。

卒業生の入退場と、国歌と校歌は吹奏楽部が毎年演奏していた。去年は奏斗も音哉もあそこに座って演奏していたのがなんだか遠い昔のことのように思えた。運動部と比べると遅い時期まで部活をやっていたのに、もう何年も楽器を触っていないような。それほどまでに部活に打ち込んできた二年半だった。

卒業式が終わった後は、各クラスで最後のホームルームののちに校門で後輩から見送られる。
ごった返している外を見て「もう少ししたら出ようか」と顔を見合わせていたら、部活の後輩に見つかって無理矢理外へひきずり出された。吹奏楽部には珍しい男子ということもあるが、音哉は部長、奏斗は副部長。そんなわけで、部員全員から花束やらプレゼントやらをたくさんもらい、手厚い見送りをしてもらった。

「三年間、あっという間だったな」
「ほんとにな」

振り返って三年間通った中学校を仰ぎながら、ぽつりと呟く。しばらく無言で立ち止まった後、奏斗が歩き出したのにはっとして音哉も歩き出す。

大量の花束を抱えて歩きながら、卒業式で吹奏楽部が演奏していた曲をふんふんと奏斗が口ずさんでいた。定番の卒業ソングで、この曲を耳にするとなんだかしんみりする。

「家に帰ったらすぐ音哉の家行っていいの?」
「大丈夫だと思う。母さん昨日から張り切ってたしな……」
「ごちそーになります。楽しみ」

この後は音哉の家でささやかながらパーティーをする予定だった。パーティーといっても奏斗しか呼んでいないのだが。

音哉と奏斗は幼馴染で家も近かった。小学生の時は音哉の家の事情もあり、ほぼ毎日のように遊んでいた。
しかし中学に入学してからは部活が忙しく、部活が終われば今度は受験勉強とお互いの家に行くのはかなり久しかった。音哉と奏斗も久しぶりに家で遊ぶのは楽しみだったし、音哉の母親も久しぶりに奏斗に会えるのを楽しみにしていた。

土曜日も日曜日も、夏休みも冬休みも関係なくほぼ毎日学校に行っていた。朝も早ければ帰りも遅い。家にいる時間より学校にいる時間の方が多かったのではないだろうか。
本音を言えばきつかったし、やめたいと思ったことは何度かあった。けれどそれ以上に楽しいと思う気持ちの方が大きかったし、今まで続けてきて本当に良かったと胸を張って言える。本当に充実した三年間だった。

「そういえばさ、奏斗」
「ん? なに?」

会話が途切れて少しの沈黙の後、不意に名前を呼ばれて奏斗は顔を上げる。自分と同じく大量の花束で音哉の顔は見えない。

「なんか、いきなりこんなこと言うのもあれだけど……その、ありがとな、って」
「え? ありがとって……え? 俺何かお礼言われるようなことした?」
「中一の時、吹奏楽誘ってくれただろ。吹部なんて全然考えてなかったけど、誘われてやってみたらすげー面白かったっていうか……。上手く言えないけど、ほんとに三年間楽しかったから、だから、あの時誘ってくれてありがとう」

普段隣にいるからこそ、お礼の言葉を伝えるのは余計に恥ずかしい。言いながらだんだん恥ずかしくなってきて花束を抱え直すふりをして顔を埋める。一足先に訪れた春の陽気のせいか、ほんのり顔が火照っていた。

あの時、奏斗が誘ってくれていなければ吹奏楽なんてやっていなかった。もし他の部活に入っていたら、これほどまでに夢中になれたのだろうか。あくまで予想でしかないけれど、根拠もないけれど、全然そうは思えなかった。吹奏楽だからこそ、ここまで夢中になれたのだと思う。
だからそのきっかけをくれた奏斗に、ずっとお礼を言いたかった。

「こっちこそ、一緒に吹奏楽やってくれてありがと。……正直さ、入りたいとは思ってたけど男子少ないから俺ひとりじゃ心細くて。でもまさか音哉があんなに夢中になるとは思わなかったよ。無理矢理誘っちゃったかなーって思ってたし」
「まあ、あの時は奏斗が入るならって思って入ったっていうのもあるけど……。自分でもまさかこんなに夢中になれたとはな」
「きっかけはなんでもいいじゃん、結局はやってて楽しかったってことでしょ?」
「……そういうこと」

奏斗が笑ったのにつられて音哉も声を出して笑う。

高校生になったら、二人は吹奏楽部に入ろうと思っている。きっと高校を卒業しても、二人はまたどこかで吹奏楽を続けるのだろう。きっと二人は一生一緒に吹奏楽を続けるのだ。
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