春風に伴奏をのせて


 調辺高吹奏楽部の部員は、春休み真っ最中の今日も学校に来て部活をしていた。とはいえ間近に大きなイベントを控えているわけではないので、この時期の練習は比較的まったりとしている。コンクールに向けて練習に熱が入ってくるのは、もう少し先の話。

 ここ、校庭に面した化学室で、ユーフォニウムの鳴海と、チューバの音哉と、弦バスことコントラバスの美琴は、ひとつの机を囲んでいた。

 開け放っている窓から春風が入り込み、机の上に置かれた真っ白なルーズリーフの端がふわりとめくれ上がる。

「低音をアピールするにはどうすればいいかなぁ?」
「低音ってアピールすることないだろ」

 うーんと悩む美琴の隣で、音哉はばっさりと言い切る。

 もうすぐ入学式。新入生がやってくると同時に部活の勧誘も始まる。吹奏楽部も他の部活と同様、新入生の獲得に必死だ。

 中学と違って入ってくるのはほとんど経験者だが、ここ、調辺高はそこそこ強豪校でありながら初心者も歓迎しており、割合的にはやはり少なくなるが、高校から楽器をはじめた人も何人かいる。

 トランペットやサックス、クラリネットなど花形の楽器はアピールなどしなくても人は集まるが、演奏でも目立つことの少ない中低音は知名度の低さからか、経験者以外はなかなか人が集まらない。経験者といっても小学校、中学校とは違う楽器に挑戦したいと思っている人もいる。

「そんなこと言うなよー! おとやーん!」
「……お前に言われてもなぁ」

 ユーフォニウムは低音に区分されながらもおいしいところを持っていく楽器なので、知名度の低さはともかく、刻んだり伸ばしたりしているだけのチューバと弦バスから見ればまだ希望がある。主旋律を担当することだって少なくない。

「演奏聞いて興味を持ったとしても、すごいなーって思うのはまず目立つトランペットとかだし」
「まあなー。そりゃ仕方ねーよな」
「うんうん。私もはじめてオーケストラを聞いた時はヴァイオリンとかフルートがすごいなって思ったし、気持ちは分かるんだよね」

 音哉の言葉に頷く鳴海と美琴。

 演奏を聞いた時に耳に残るのはやはり主旋律だし、それを担当しているのは高音楽器が多いし知名度も高い。低音楽器のインパクトは見た目くらいなもので、知名度は低い。ベースがあってこそ曲がしっかりするだとか、、よく聞くとベースがかっこいいなどと言う人は何かしら音楽の経験がある人だ。

「俺もそうだったし、中低音のおもしろさっていうのはやってみないと分からないだろうし、言葉とかで伝えるのは無理だろ」
「おお〜おとやんいいこと言うねぇ〜」

 三人とも中学から今の楽器を担当し続けている。最初は違う楽器を希望していたり、時には別な楽器を担当していたこともあるけれど、好きだからその楽器を続けているのだし、魅力はたくさん知っている。
 しかしその魅力に気付いたり、好きになったのもその楽器を始めてすぐではなく、楽器を演奏しているうちにだんだんとなってきたことだ。三人とも小学生までにオーケストラや吹奏楽、バンドなど生の演奏を見る機会は何度かあったが、楽器に関する知識はほとんどなかったし、その時耳に残ったり幼心に感動したのは主旋律の響きだった。だから気持ちは分かる。

「でも、低音だけど弦バスって結構目立つよね。ステージに立ってると目引くし、楽器を回したりとかパフォーマンスはどの楽器よりも派手だと思うんだよねー。私それ見て弦バスやりたいなって思ったんだ」
「花樹ちゃんほんと弦バス好きだよね〜。そんな花樹ちゃん眩しい……」
「鳴海くんには負けるよー」
「いやいやいや」

 まるでペットの自慢でもするように楽器の話をする二人の会話を音哉はじっと聞いていた。それぞれがそれぞれの楽器を大好きな低音というパートが好きだなぁと思う。パートごとに別れて行う個人練習とパート練習の時間が、とても居心地が良くて好きだ。

「そろそろ合わせるか」
「そうだねー」
「やるかー」

 ふと時計に目をやれば、昼休みまでもう少し。
 音哉が声をかけると二人は立ち上がって楽器を取りに行く。

 音哉と美琴が楽器を準備している間、鳴海はメトロノームのねじを巻く。二人は楽器が大きく、いちいち床に置いたりするのが大変だからとメトロノームのねじを巻いたり止めたりする役目は鳴海がやっていた。

「いち、に、さん、はい」

 足でメトロノームの音に合わせてリズムを何回か取った後、美琴の合図よりほんの少しだけ早く、音哉と鳴海は同時に楽器に息を吹き込む。

 今やっている曲ではユーフォニウムも主旋律があるわけではないし、通称裏メロと呼ばれる副旋律や伴奏が多く、チューバと弦バスは伴奏。これだけ聞いても何の曲なのかまったく分からないし、やっていておもしろいのかと言われたこともある。

 低音だけでは何の面白味もないけれど、これが合奏になると曲の中に溶け込んで、演奏全体を支える響きになるのだ。その瞬間が、最高に楽しくて、気持ちいい。
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