リコーダーアンサンブル


 今日は久しぶりに丸一日奏斗と遊ぶ予定が入っていた。

 朝起きて、今日は奏斗と何をしようか考えながら歯磨きをしていると顔がゆるんでいたようで、ふと鏡に映った自分の顔を見て音哉は苦笑した。どれだけ楽しみにしてたんだ、と心の中で突っ込んで、そりゃあ久しぶりに会うんだから楽しみだろ、とこれまたセルフツッコミを返しておく。

 約束の時間にはまだ少し早いけど、そわそわして落ち着かないし、着替えたらさっさと出てしまおうか。そんなことを考えつつ部屋に戻ると、奏斗からメールがきていた。

 まさか用事が入ったから今日は無理になったというメールではないか、などと不安を抱いてメールを開く。そしてたった一行の簡潔な本文を二、三度繰り返し読んで、音哉は気が抜けた。

「リコーダー持ってきて!」

 突然どうしたというのか。意味が分からず画面を見つめたまま立ち尽くしていると、さらにもう一通奏斗からメールが届いた。

「なかったら俺の貸すから!」

 だからどうして急にリコーダーを持ってこいというのか。返信で聞こうかと思ったが、やはりやめておく。どうせこれから会いに行くのだし、その時に聞けばいい。

「……しかし、なんで急にリコーダーなんか……」

 幼馴染が突拍子もなく何かを言い出すのは今更だ。驚いたり、呆れたりしつつもなんだかんだで付き合ってやる音哉も音哉だ。やれやれ、と肩をすくめて音哉は準備を始めた。





「音哉おはよー! リコーダー持ってきた!?」
「おーおはよ。持ってきた持ってきた」

 幼馴染に会いに行くと、挨拶もそこそこに二言目がそれだった。ほら、と右手のリコーダーを見せると、奏斗の顔に笑みが広がる。

 リコーダー、とだけ言われて机の上に置いてあるアルトリコーダーを持っていこうとして、もしかしたらソプラノリコーダーのことを言っているのではないかと思い、なんとか探し出して両方持ってきた。アルトリコーダーは中学生の時よろしく、奏斗に強引に選択授業を音楽にさせられたのと同じく、鳴海に強引に音楽を選ばせられたので、音楽の授業がなくなった今でも時々使うため、机の上に置いてある。しかしソプラノリコーダーは小学生の時に使って以来なので、探すのに苦労した。自力では探し出せず母親に聞いたところ、母親も思い出せず一緒になって探してもらい、結局部屋のクローゼットの奥で見つけた。朝からだいぶ疲れた。

「で、なんで急にリコーダー?」
「昨日部屋掃除してたら見つけて、なんかなつかしくて久しぶりに吹きたいなって思ったから!」
「そんなことだろうと思ったよ」

 奏斗らしい理由だ。奏斗のことだから、どうせそんなことだろうとは予想はしていた。

 先に行ってて、と言われて音哉が向かったのは防音室。防音室といっても人が一人入ってちょうどいいくらいのスペースのものではなく、中にはグランドピアノとドラムが置いてあり、なおかつかなりの広さがある。いつだったか、ここの存在を奏斗から聞いた時には音哉は心底驚いた記憶がある。

「じゃーん! 俺のリコーダー!」

 ほどなくして奏斗がやってきた。ドアを開けると同時に効果音をつけながら腕を伸ばして、ソプラノリコーダーを音哉に嬉しそうな顔で突き出す。
 俺の、といっても音哉が持っているものとなんら変わりはない。違いがあるといえば、奏斗のケースにはすぐに自分のものだと分かるように猫のシールが貼ってあるのと、中部管の裏に彫ってある名前くらいだ。

「あとついでに音楽の教科書も引っ張り出してきた! 適当になんか吹こうぜ」
「おっけ」

 部屋に備え付けられたテーブルの上に奏斗が置いた、くたくたの薄い教科書。そういえばこんな教科書を使っていたなと音哉はなつかしくなる。

 まずはソプラノリコーダーを吹いてみようと奏斗が言い出したので、音哉は細長いケースからソプラノリコーダーを取り出す。中学生になってからはアルトリコーダーをずっと吹いていたので、それよりも少し小さなソプラノリコーダーは久しぶりということもあってか手になじまない。

 息を吹き込むと、懐かしい音色がした。ドから一通り覚えているところまで駆け上がって、奏斗は笑う。

「なつかしいな」
「なつかしいなほんと! なんか覚えてる曲あったかな」

 音哉が音を鳴らし始めた横で、奏斗は童謡を吹き始める。童謡を何曲か吹いた後は、小学生の時に授業で演奏したクラシック。奏斗がほぼ完ぺきに感覚を取り戻す頃には音哉も曲を吹き始めていた。いつもと吹いている楽器は違えど、楽器を吹くというのはやはり楽しい。

 しばらく一人で勝手に遊んだ次は、教科書を開いてパートを決めてハモってみたり。時折どちらかがアルトリコーダーに持ち替えたりとリコーダーアンサンブルを楽しんでいた。

「よっし! のってきたところで音哉のソロコンサートやろうぜ!」
「は? ……ソロコンサートってなんだよ」
「俺が伴奏で音哉がリコーダー! 何やる? 何がいい?」
「……なんでもいいよ。簡単なやつで」

 またいきなり何を言い出すかと思ったら。音哉の返事を聞く前に奏斗はリコーダーを置き、さっさとピアノ椅子に腰を下ろす。気分も乗ってきたところだし、どうせ音哉に拒否権はない。

「じゃ、いくよー」

 音哉がリコーダーを構えたのを確認して、奏斗が伴奏を始める。

 久しぶりに聞く幼馴染のピアノに、なつかしいななどと思っている余裕はなかった。本当のソロコンサートでもないのに、必死に楽譜を追いかけて、感覚を取り戻してきたとはいえおぼつかない指を必死に動かす。

「……ぷっ、あはは」

 ミスもなくあと少しで終わる、と音哉が思った時。鍵盤をいくつも同時に叩いた不協和音と、奏斗の笑い声が聞こえて伴奏が止まった。

「何笑ってんだよ、お前」
「いやだってさ、音哉見てたら、なんか、おかしくなってきて」
「だから何がおかしいんだよ」

 間違えないよう、必死に楽譜を追いかけ指を回していた自分が、幼馴染にはそんなにおかしく見えたのだろうか。自分でも冷静になってみるとなんとなく滑稽なような気がして顔にじんわり熱が集まる。自分を指さして、腹を抱えてけたけた笑う奏斗をじろりと睨むが、まったくきいていない。

「音哉がいっつも吹いてるのチューバだから、ちっちゃい楽器持ってるの、似合わないっていうか」
「そういうことかよ!」

 奏斗が急に笑い出した原因が分かって、音哉もつられておかしくなってきた。くだらない理由だ。

「もっかい、もう一回最初から合わせようぜ」
「……今度は真面目にやれよ?」

 しばらく笑った後で、まだひぃひぃ言いながら奏斗が言う。音哉の問いに咳払いをして元気よく「おう!」と答えたものの、今度は音哉が入ってすぐに笑い出した。
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