部長と副部長とコンマスの休日


 息を吐けば真っ白になる、本格的に寒さも増してきて街も騒がしくなってきた、十二月に入ってすぐの日曜日。

「やっぱり大人数だとすごい迫力だよね」
「だな。二部のクラリネットのソロきれいだったよな」
「うむ。あれはよかったね」

 俺と部長の熊谷と千鳥は駅前のカフェにいた。

 寒いからといって頼んだ紅茶もコーヒーも、美味しそうだからとつい一緒に頼んでしまったケーキもそっちのけで、興奮気味に演奏会の感想を言い合う。

 今日は休みを利用して他校の定期演奏会を聞きに来ていた。それがつい数十分前の話。今はさっき言ったようにカフェに移動して、興奮冷めやらぬまま三人で熱く語り合っていた。

「大人数だと演奏する方も聞いているほうも楽しいよね」
「その分音をまとめるのは大変だけどな」

 千鳥の言うように人数が多いと演奏をまとめるのは大変だけど、熊谷の言う通り大人数で演奏するのは楽しいし、音も厚くなる。
 うちの吹部は人数が少ないから、今日みたいに演奏会とかで他校の演奏を見ていっぱい人がいるところはいいなぁと思う。けど、今の部活に不満はないというか、むしろ人数が少ないからこそ仲が良くて、毎日部活に来るのが楽しい。

 一通り感想や思ってることを言い合った後で、食べかけだったケーキに手をつける。
 俺はチョコケーキ、千鳥はショートケーキ、熊谷はモンブラン。どれも美味しそうで迷ってチョコにしたけど、人が食べてるとおいしそうに見えてやっぱりあっちにすればよかったなぁ、なんて。でもチョコケーキもおいしい。

 二人より少し早く食べ終わっちゃって、半分ほど残っていた紅茶に口をつける。だいぶ話し込んじゃってたみたいで、すっかりぬるくなっていた。
 ふと周りを見れば、来た時は混雑していたのに人も半分くらいになっていた。窓の外はもう真っ暗だ。まだ夕方のはずなのに。

 二人が食べ終わるまでもう少し時間がかかりそうだから、鞄からパンフレットを取り出して眺める。
 プログラムを見ながら、数時間前の演奏に想いを馳せる。本当に楽しかったなぁ。あっという間の二時間だった。

 いつもは自分が演奏する側だけど、誰かが演奏してるのを聞くのも好きだ。
 プロや大人の上手い演奏も、高校生や中学生、小学生の、大人と比べるとちょっと拙さの残るけど、楽しそうな演奏も。

 今日定演を見に行った学校は、コンクールでも毎年いい成績を収めてるだけあって本当にすごかった。演奏そのものもすごかったし、演出も工夫されてて面白かった。今年流行った曲に合わせてプチミュージカルみたいなのをやったりね。
 正直に言うと寒いのは苦手だから、熊谷に誘われた時は、今日は吹部にとってはめずらしい休みってこともあって億劫だなーと思ったけど、来てよかったなって。俺もあんな風に、人を楽しませられる演奏ができたらなーと思ったし。いろいろといい刺激になった。

 そんな感じですごく満足してるはずなのに、なんかすごくそわそわする。落ち着かないというか……。演奏を聞いた後は興奮するのはまあいつものことなんだけど。まだ話し足りないのかな?

「もうじきクリスマスコンサートがあるじゃないか、二人とも」
「え?」

 突然の熊谷の言葉に、俺と千鳥の声がハモる。
 確かに今月末にクリコンはあるけど。脈絡が分からない。なんで急にクリコン?

「二人とも、演奏したくてうずうずしているね?」

 熊谷の言葉が胸に刺さってドキッとする。向かいに座ってる千鳥がぴくりと肩を小さく震わせて、紅茶を飲もうとしていた手を止める。

 ……その通り、かもしれない。いや、その通りだ。

「私もだよ。今日はもう遅いから無理だけど、明日また部活があるからね。明日、孫文に楽器を吹こうじゃないか。合奏もあるよ。はっは」
「……そうだな」
「……だね」

 俺、演奏を聞いてから、自分も演奏したくてずっとうずうずしてたんだ。

 そっか、熊谷に言われてやっと分かった。人の演奏を聞いた後、いつもそわそわするのは興奮するせいもあるけど、自分もあんな風な演奏をしたい。誰かをわくわくさせるような演奏がしたい。そう思うからだ。

 熊谷も千鳥も同じだなんて、なんだかおかしくなってぷっと吹き出す。

「あ、クリコンといえば、二人はクリコンなんのコスプレするの?」
「俺はまだ考え中。まあ無難にサンタの帽子でいいだろ」
「私も考え中だよ。みんな張り切るだろうし、せっかくだから凝ってみてもいいんじゃないかね」

 俺もせっかくだから少し凝りたいなって気持ちはある。一年に一度だし。思う存分はっちゃけろって観田先生も言ってたしね。観田先生も含めて、みんな楽しみにしてる。なんのコスプレをするか、毎日盛り上がってて聞いてるだけでもなんかわくわくしてくる。

「さ、そろそろ帰ろうか。今日の夜は一段と冷えるって言ってたしね」

 熊谷に会計を済ませてもらって――あ、お金はそれぞれ出したよ、もちろん――店を出る。一歩外に出たらやっぱり寒い。マフラーを上げて鼻の頭まですっぽり埋める。それでも寒いものは寒い。熊谷もさっき言ってたけど、これからもっと冷えるみたいだから嫌だなぁ。冬だから仕方ないけど。



「じゃあ、また明日、学校で」
「また明日」
「気を付けて帰るんだよ、倉鹿野くん」

 いちばん早く降りるのは俺。千鳥は次の駅、熊谷はもう少し後。

 ホームに降りるとやっぱり寒くて顔をしかめる。顔に冷たい風が突き刺さって声が漏れた。この中歩いて家に帰るのは面倒だなぁ。

 駅を出て、家に向かう足は自然と早足になる。寒いから早く帰りたいっていうのもあるけど、いちばんの理由は。

(はやく楽器吹きたいなぁ、はやく明日にならないかな)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -