転校生は帰国子女


※キャラの性格上、BLっぽく見える描写が含まれます





 調辺高吹奏楽部は、少人数ながらそれでも上手くやっていた――と思う。曲を決める時などに人手が足りなくて「もっと人が欲しい」とこぼすことはあっても、なんとかこの人数でやりくりしていた。音が足りなくてもその分部活全体の雰囲気がよく、先輩後輩隔てなく仲がいい部活だった。


「へぇー転校生!?」

 いつものように賑やかな音楽室が、響介の一言でぴたりと会話が止んだ。自分に向けられている視線に気付いて、響介はしまったと慌てて両手で口を押さえるが、もう遅い。

「なになに転校生? 転校生がなんだって?」
「うちに来るの?」
「……そうだ。ついでにいえばうちの部に来るぞ」

 めずらしく今日は部活に来ていた連と、有牛の質問に答えたのは、響介ではなくその隣にいた千鳥。はぁ、とひとつため息をこぼして打ち明ける千鳥の横で響介は千鳥の視線から逃れるように、苦笑を浮かべながらあからさまにあさっての方向に視線を泳がせてごまかす。

「それほんと?」
「うちにくんの?」
「マジで? えっ、じゃあ楽器は?」

 転校生だけでも驚きなのに、さらに吹奏楽部に来るとなれば一気に音楽室が動揺と興奮に包まれる。静かになった音楽室は再びがやがやと騒がしくなった。

「千鳥の知り合い?」
「遠い親戚だかなんだかよく分からんが、伯父さんからこの間言われたんだ。外国にいるらしい」
「ってことは帰国子女? どこの国?」
「どこだったかな……確かヨーロッパのほうだったと思う。俺も詳しいことはあまり知らないんだ。小さい頃に会ったことがあるらしいが、まったく覚えてなくてな」

 帰国子女と聞いてさらにテンションが上がる部員たち。とは裏腹に千鳥はなぜか気分が下がっているように見えた。そんな千鳥を見て響介は首を傾げたが、千鳥が何かしら悩んでいるのはいつものことだからと特に気には留めなかった。

「で、楽器は? 何やってるの?」
「オーボエだそうだ」
「オーボエ!? すごい! よかったじゃん!」
「……まあ、うん、嬉しいかな。うちオーボエいないしな」

 オーボエと聞いて響介は目を輝かせたが、千鳥の目は死んでいた。虚ろな目であさっての方向を見つめて渇いた笑いをこぼす。

 オーボエはクラリネットと同じ「グラナディア」という黒い木でできており、見た目もクラリネットに似た楽器だ。少し鼻にかかったような、しっとりと甘く柔らかい音色がする。渇いた音がするものもあり、楽器によって音色は様々だ。

 吹奏楽においてはオプションになっていることが多く、省略しても支障がないように編曲されているものがほとんどだ。
 その一番の理由は、維持費が高いことにある。楽器そのものの値段もだが、オーボエはダブルリードといって上下に組み合わされた二枚のリードによって音を出す。それがクラリネットのリードの約十倍の値段がするのだ。
 また、他の管楽器は温度や湿度、気圧などによって微妙に変わる音程を調整できるように作られているが、オーボエはそれができない。管楽器は普通、管を長くしたり短くしたりして微調整を行うが、オーボエは楽器の構造上それができない。

 維持費が高いこと、人数の都合、扱いが難しい、教える人がいない等々のさまざまな理由により、コントラバスに次いでオーボエがいない吹奏楽部も多い。

 余談だが、オーボエは「世界でいちばん難しい木管楽器」としてギネスに認定されている。これには運指の難しさや楽器の構造など様々な要因がある。

 しかし、どの楽器にも言えることだが、オーボエのあのしっとりと甘い音色はやはりオーボエ特有のものであり、他の楽器では代用できるものではなく、以上の理由があってもオーボエに惹かれる者は少なくはない。

 千鳥もオーボエが欲しいとは内心思ってはいたが、素直には喜べなかった。





 転校生がやってきたのは、夏休みが明けてすぐだった。今日その転校生が吹奏楽部に来るということは、千鳥が少し遅れて音楽室に来た頃には既に知れ渡っていた。ドアを開けた瞬間一斉にこちらに向けられた視線に、千鳥はたじろぐ。

「なんだ、千鳥か」
「悪かったな。……転校生、連れてきたぞ」

 千鳥の姿を見て落胆した直後に、転校生の一言で再び室内が騒がしくなる。歓声を上げながら手を叩く者が数名、こちらに向き直って正座する者数名。奥で奏斗がセットしたドラムをどんちゃか叩く音が聞こえた。それにのっかって律と舞がさらに小物で盛り上げる。

「はやく! はーやーく!」
「分かったから落ち着け。……入れ」

 身を乗り出して急かす連を押さえ込んだところで、ドアから顔だけ出して手招きをする。騒がしかった音楽室は一気に静まり、誰かがごくりと喉を鳴らす音まで聞こえた。

 落ち着いた足取りで音楽室に入ってきたのは、亜麻色がかった金髪に透き通るような青い目をした、目鼻の整った顔立ちの青年だった。

「調辺高のみなさん、Buon giorno! Piacere――じゃなくて、はじめまして、だっけ? 新宮カノンです。よろしく」

 その青年は、イタリア語まじりのややかたことの日本語で自己紹介をすると、笑みを浮かべてウィンクを飛ばす。同性ながらにその整った容姿に見惚れている者が何人かいた。顔もさることながら、すらりと伸びた手足や一連の動作がとてもきれいで目が離せなかった。みなぽかんと口を開けてカノンを見つめている。

「やっべ……かっこよくね……!?」
「足長くてモデルみたい……」
「身長高くてすらっとしてるし、顔も小さくてほんとモデルみたいだよね」
「もはや雰囲気からしてなんか違う……」

 口々に言われる褒め言葉にカノンは照れる様子はなく、にっこりと笑ってこちらに向けられる視線に応えていた。
 謙遜や否定は一切せずにただにこにこと受け入れているような風だったが、それでいて嫌味な感じはしなかった。

「じゃあ紹介も終わったし、今日の練習は……」
「えっもう終わり? みんなオレに聞きたいこととかみんなあると思うよ? そういうのいいの?」
「あるある! そうだよ千鳥! 質問コーナーやろうぜ!」

 なぜお前が先にそれを言うのか、そして自信満々にお前が言い切るのだと千鳥が突っ込むより先に、カノンの提案に部員が食いつく。そしてそうだそうだと部員が口をそろえて言い出す。こうなると千鳥にはどうしようもできない。
 これから仲良くしていかなければならないわけだし、相手について知るのはとてもいいことだ。そうすることで音のまとまりも違ってくる。

 もし転校生がカノンじゃなければ千鳥もすんなり首を縦に振ったし、「質問はあるか?」などと自分から言い出したに違いない。――カノンじゃなければ。

「はいはい! 外国にいるって千鳥から聞いたけど、どこに住んでたの?」
「イタリアだよ」
「じゃこっちではどこに住んでるの?」
「兄さんのところに住ませてもらってるよ。ね、兄さん」
「あ、あぁ……」

 兄さん、と言ってカノンが視線を向けたのは隣の千鳥。カノンと視線が合った拓人は顔をひきつらせる。
 部員からはにやにやとした視線と意味深な声が上がる。千鳥は眉間にしわを寄せ、頭を抱えてため息をこぼした。

「千鳥先輩がいるから、って理由もあると思うけど、うちに来た理由ってほかになんかあったりするの? オーボエが来るのはありがたいけど、ここってどっちかっていうと小編成だし……」
「んー、兄さんがいるっていうのもあるけど、この学校に来たいって言ったのはオレなんだよね」
「おいこら、カノン……!」

 奏斗の質問にすべてを答える代わりにカノンは奏斗に歩み寄る。そしてくいっと奏斗の顎を人差し指ですくうと顔をぎりぎりまで近づけた。流れるように、自然な動作でそれをやったものだから、奏斗も含めて声も出なかったし、動くことも忘れていた。唯一千鳥だけが眉間にしわを寄せて「馬鹿……」と小さく呟いた。

「思ってた通り、かわいい子がいっぱいいるね」

 少し遅れて頬を赤らめる奏斗。その状態でカノンは形のいい唇をややつり上げて囁くと、ふふっと笑って奏斗から離れる。
 その後、ようやく思考が戻ってきたところで「かわいい」と言われたことに奏斗は顔をしかめた。低身長ゆえに言われることは時々あるが、初対面の相手に言われるのはいい気はしない。

「これだから嫌だったんだ……」
「……なるほどね」

 カノンが来ると知らされる数日前からなにか悩んでいるような様子だったのはこれかと響介は納得がいった。

「お前、そっちのアレなの……?」
「ん? 男が好きかってこと? だったら違うな。女の子に飽きただけだよ」

 顔をひきつらせる鳴海に、さわやかな笑みを浮かべてウィンクをしながらさらっとそれを言うカノンだが、この瞬間この場にいる男子部員全員を敵にしたのは言うまでもない。
 自分に向けられている視線に込められた意味に気付いているのかいないのか、はたまた気付かないふりをしているのか。ここでまたさわやかなスマイルを浮かべられても、あの発言の後では苛立ちを覚える者の方が多かった。

「女の子なんて黙ってても寄ってくるから飽きちゃって」

 先ほどまでの歓迎ムードはどこへやら、打って変わってほとんどの部員は殺気立っていた。カノンはというと気にする様子はなく、相変わらず爽やかな笑みを浮かべていた。

 これが最近千鳥が頭を抱えていた理由だ。ついに千鳥は壁にもたれかかるとそのままずるずると壁伝いにその場にうずくまる。その背中を、熊谷がさすった。

「改めて調辺高のみなさん、よろしくお願いします」
「……よ、よろしく……」

 無言の部員に代わって苦笑しながら響介がとりあえずそう返すと、また後ろからドラムとタンバリンがどんちゃかする音が聞こえた。パーカスは管楽器ほどは悪く思っていないようだ。

「これだからイケメンは……」
「同じパートじゃなくてよかった」
「だな……それがせめてもの救いだよな……」

 質問コーナーも終え、ぞろぞろと指定された教室へ向かうために音楽室を出ていく中、そんな会話が聞こえてきた。
 確かにカノンと同じ部屋で練習となったらいろいろな意味できついだろう。

(これから大丈夫なのかなぁ……)

 うずくまっている千鳥に早速練習場所を尋ねているカノンを見ながら、響介は力なく笑った。
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