ななちゃん先生の指揮


 今日は久しぶりに観田先生が指揮を振るらしい。

 観田先生は、普段はあまり表には出てこないけど、一応うちの吹奏楽部の顧問の先生。僕よりみんなのほうが詳しいでしょ? って理由と、指揮者ではなく顧問だから、観田先生が部活に顔を出すことはほとんどない。普段、指揮を振るのは源内先生の役目で、源内先生が来られない日は指揮を振ることもたまにあるといった感じだ。

「いいじゃん、そんなに心配しなくても」
「そうそう。パーカスと低音がしっかりしてるんだからさ。考え過ぎだよ千鳥」

 今日の合奏が不安で頭を抱えてたら、毎度の如く倉鹿野と有牛に心配される。確かにパーカスと低音がしっかりしてくれてるから問題はないけど……。悩んでるのはきっと俺くらいなものだろう。最初は戸惑っていたパーカスもすぐ適応したしな。慣れって怖い。っていうか、適応力高すぎだろ。

「チューニング終わったー?」
「あ、全体がまだです」
「分かったー」

 合奏三分前にひょっこり音楽室にやってきた、この呑気なのが観田先生。チューニングが終わってないって言ったらパーカスにちょっかいかけに行ってるし……。
 部活にはあまり顔を出さなくても、フレンドリーな先生だからすぐ馴染んでしまう。先生を嫌いって人はほとんどいないんじゃないかな。俺も先生のことは好きだし。……もちろん恋愛的な意味ではなく。

「んーじゃあジャパグラからいこっか。ジャパニーズ・グラフィティ。僕も聞きたいし」

 やっぱりジャパグラからか。ジャパグラなんて不安しかない。とはいっても、観田先生がジャパグラじゃない曲を選んでも同じことを言ってただろうけど。

今回俺たちがやるのは]Xのアニメヒロインメドレー。タイトルから分かるように、女の子向けのアニメの主題歌がメドレーになっている。そのアニメは見たことがなくても、きっと耳にしたことがあるはず。
 うちは男子が多いからヒーローに決まると思ってたら、多数決とったら圧倒的にヒロインの方が多かった。そのほうが面白いじゃんって茅ヶ崎(兄)が言ったらみんなそうだそうだと言っていた。まあ確かに面白そうではあるけどな。

「準備いい? じゃ行くよー――ワンツーさんはい!」

 そうこうしているうちにパーカスの準備が終わったらしく、はじまってしまった。無事最後まで通ればいいけど。

 余談だけど、「ワンツーさんはい」って冷静に考えると意味が分からない。中学の時の音楽の先生もこの掛け声だった。割とあるあるらしい。

 で、曲のほうは。
 大半がノリノリみたいだけど――特に面白いこと大好きなトランペットとパーカッションが――、鳩村なんかは恥ずかしそうだ。俺も少し恥ずかしい。しかし、やりたかった曲だけあって、みんなの気合いの入り方が違う。

 まあ、一番ノリノリなのは観田先生だったりするんだけど。もはやスコアなんて見てないし、俺たちのほう見て棒振りながら笑ってる。
 それでも「もっと出していいよ」とか指示は一応出してくれてる。演奏中、言葉にしなくても目で指示を出したり、やりとりはできるものだよ。

 さて、無事中盤までは特に何事もなく終わったものの。このまま無事に終わるとは思わない。そろそろ猫柳は覚悟を決めておいたほうがいい。

 相変わらずノリノリで、笑顔でそれはそれは楽しそうに棒を振る先生。あと一曲と少しなんだけど……。体が揺れ始めたら要注意。手拍子なんかないです先生。そして指揮台を降りたーーー!

 指揮台を降りてどうするかというと、指揮を放棄して踊り出す。今回はおまけに歌い出した。

 俺が心配してたのはこれだった。ノリのいいポップスとかラテン系の曲だと、観田先生は必ず指揮を放棄して踊り出す。……もう慣れたよ。
 これ、先生は無意識なんだそうだ。合奏が終わって生徒に言われて気付く。

 それでも曲が崩壊せず、最後まで通るのはパーカスと低音が特にしっかりしてるからなんだろうな……。それはいいことだ。
 パーカスと低音だけじゃなく、普段はふざけてるけどみんなもしっかりついていってるから、崩壊せずに曲が通るんだろう。

 ちらっと横目でパーカスのほうを見てみたら、ここぞとばかりに猫柳と兎田は張り切っていた。……楽しそうでなにより。菊池も百合根もノリノリに見える。一年の狗井はまだ慣れなくて戸惑っている様子。

「いやー楽しいねこの曲! 絶対うけるよー!」
「ななちゃん先生また踊ってましたね」
「え? 踊ってた? ごめんねー、楽しくなっちゃってさー」

 もはや慣れ過ぎて突っ込む気力もない。先生が指揮を振る合奏はそういうものだとなんだかんだで適応している自分にため息が出る。まあ慣れるしかないんだけどさ。これが先生だし。

「最初はびっくりしたけど、ななちゃん先生見てるとこっちも楽しくなるよな」
「そうそう。なんかテンション上がるよね」
「ななちゃん先生めちゃくちゃ楽しそうだもんな」

 合奏が終わって楽器を片づけている時、一年生がそう話していたのが耳に入った。

 それは俺も認める。表情も、棒の振り方も楽しそうだから、吹いてて俺も楽しくなるんだよな。……でも、無意識とはいえ指揮を放棄して踊り出すのはやめてほしいかな、俺的には。
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