八分音符を弾ませて


 約一ヶ月後のお祭りで、マーチとポップスの二曲を演奏することになった。
 ポップスは最近流行してる曲で、やってみたいなーって思ってたから楽しみだけど、マーチはあんまり好きじゃないから微妙。けど、マーチは何かと演奏する機会は多いから、嫌とか言ってられない。中には好きなのもあるし、結局好みかそうじゃないかの部分が大きい。

 パート練習中、メトロノームが止まったのをきっかけに休憩してたら、いろんな楽器の音に混ざってパーカスが練習している音が聞こえてきた。規則的な表打ちと裏打ちは聞いていて心地いい。

 マーチのホルンには、必ず裏打ちがある。この曲も例外ではなく、八分休符と八分音符が並んでいた。中学からずっとホルンをやってるおれにとっては見慣れた楽譜だけど、慣れるまでどこまで吹いたか分からなくなるのは今でも同じ。そういえば、パーカスの狗井も、バスドラムで表打ちをしてるとおれと同じく分からなくなるらしい。

 中学生の時は苦労したなぁ、裏打ち。合奏の時何度注意されたっけ。マーチの楽譜をもらうといつも思い出す。どうしてもおれだけ遅れちゃって、みんなに迷惑かけたこと。
 合奏だったのに何度もパーカスと低音と中音だけで繰り返し練習させられたのと、先輩にいろいろ教えてもらったおかげでなんとか克服はしたけど。今でもマーチって聞くとどうも苦手意識持っちゃうな。

「小虎くんってさ、裏打ちとか好き?」
「へ? ……うーん、まあ、嫌いではないですけど」

 突然倉鹿野先輩にそんな質問をされて答えに困った。

「あーごめんねぇ。好きとか聞かれても答えに困るよねぇ」

 そんなこと考えたこともなかった。言われて考えてみても、好きでもなければ嫌いでもない。だって、経験上ホルンってそういうものかと思ってたし。

「メロディ吹いてるほうがやっぱ楽しいよね」
「そうですね。メロディあると楽しいです。でも裏メロも好きです」
「俺も俺も。俺はメロディよりは裏メロとかのほうが好き」

 ホルンはもともとそういう楽器だから、裏打ちでも裏メロでも嫌だとか思わないけど、メロディがきた時はうれしい。ポップスで知ってる曲だと吹いてて楽しいしね。それに、初見でも知ってる曲のメロディだと迷わず吹けるし。

 倉鹿野先輩は支えるのが好きなんだそう。裏メロや伴奏がくるといつも楽しそうだった。
 そして、楽譜が配られるたびにおれに1stを吹かない? って聞いてくる。先輩が2ndや4thでハモるのが好きなのは分かるけど、先輩差し置いて1st吹くのはどうなんだろう、とおれは思う。コンクールなら実力で決めることもあるけど、そうじゃない曲って基本的には年功序列だと思うし。中学の時はそうだったし、実力を考えても先輩にはかなわないだろうしね。高校に入って、中学とはレベルが違うなって思った。

「でもね、マーチの裏打ちは楽しそうに吹かないとダメなんだよ」
「た、楽しそうに……ですか?」
「うん。楽しそうに。はずんではずんで!」

 裏打ちを楽しそうに、かぁ……。って言われても難しいなぁ。その曲に合わせて、ノリのいい曲だったら楽しそうにとか、自分なりには意識して吹いてみてるつもりだけど。

「じゃ、練習再開しよっか。もう一回最初から」
「はい」

 時計を見たら、休憩をはじめてもう十分以上経っていた。

 止まっていたメトロノームを先輩が巻く。先輩が席に戻って楽器をかまえたのを見て、おれも楽器をかまえる。

「いち、に、さん、はい!」

 最初はメロディからはじまって、短いそれが終わると早速はじまる裏打ち。メトロノームを聞きながら、頭の中ではリズムをとりながら、必死に楽譜を追う。裏拍を感じ取るのに必死になると、どこまで吹いたか分からなくなる。

 吹きながらふと隣に目をやったら、倉鹿野先輩はそれはそれは楽しそうな表情をしていた。隣から聞こえてくる音もなんだか楽しそうで、先輩のホルンのベルから聞こえる八分音符は弾んでいた。
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