合歓木家の親戚事情


「テナーのあの先輩……明日葉先輩だっけ? あの人絶対おとやんに気ィあるよなー」

 鳴海曰く色恋沙汰には超鈍い俺でも、そのことにはとっくに気付いていた。

 部活見学の時にお世話になったし、合奏の時に割と席が近いからよく話しかけてくるんだろうなーぐらいに最初は思ってた。……けど、それにしてはことあるごとに絡んでくるなとちょっと不審に思い始めたのが、去年の秋頃くらい。鳴海曰く、多分見学に来た時から狙われてたんじゃないかって言ってたから、これでも鈍いんだろうけど。

「モテる男はつらいねぇ」
「別にモテてねーけど」

 仮にあっちに本当に気が合ったとしても、だ。これといって踏み込んだ行動は起こしてきていないし、どうするわけにもいかない。それに先輩だし。

「お前花樹ちゃんとも仲いいし、橘ちゃんにだって懐かれてんじゃん! 後輩から先輩まで! まさに両手に花! 羨ましいぞこのやろっ!」
「美琴とはお前も仲いい方だろ。橘だってお前のことも気に入ってるみたいだし」
「花樹ちゃんと仲いいだなんて恐れ多い……それに、俺まだ花樹ちゃんのこと名前で呼べてないんだからな……。橘ちゃんとはノリが合うけど、おとやんと比べたらそんな話さないし」

 美琴とは同じ低音仲間で一年から同じクラスだからそれなりに仲はいいほうだと思う。鳴海だって同じ低音で同じ部屋で一緒に練習してるんだから仲はいいだろ。
 美琴と下の名前で呼び合ってるのは苗字が似ててややこしいからって理由だし、あいつフレンドリーだから鳴海にも下の名前で呼んでいいよって何度も言ってる。あいつは元々そういう性格だから、俺が特別というわけではない。
 橘はたまたま好きなアニメが一緒だったからたまにそれで盛り上がってるだけで、あっちもそれ以外の理由はない。それに、鳴海も言ってるようにノリが合うから橘と鳴海も充分仲がいいように見える。

「ってかおとやんって女の子に興味ないの? 告白とか絶対されたことあるっしょ?」
「興味ない」

 告白されたことがないといえば嘘にはなるけど、一、二回くらいだし。告白……と呼んでいいのかも微妙な感じだったしな、あれ。
即答したら、案の定鳴海がオーバーリアクションを返す。

「えーなんでだよ! もったいない! 俺ら高校生なんだよ!? いくら部活エンジョイしてるっつっても恋愛だって青春の醍醐味だろ!?」
「それを言うならお前だって特定の好きな相手とかいないだろ……」
「今はな! 今はふぉにたん第一だから!」

 一応説明しとくけど、ふぉにたんってこいつのユーフォの名前な。つっても学校のやつだけど。ユーフォって高いからな……。

「なんでそんな興味ないの? 健全な男子高校生たるもの異性に興味があって当然じゃん? あ、もしかして昔付き合ってた女の子にひどいことされたとか? そういうトラウマ系?」
「ない」
「それともただクールぶってんの? そんなことしなくてもおとやんイケメンだから問題ないって!」
「ないない」

 なんと言われようとこれが素だ。日常生活を猫をかぶって過ごせるほど俺は器用じゃない。

「なんで興味ないんだよー! ねえなんで? なんでー?」
「そろそろベル鳴るぞ。次の授業なんだっけ」
「現国! ねーなんでー? 教えてよおとやん!」

 俺の苦手な現国か、と思う暇すら与えてくれずに次々突っ込んでくる鳴海。

 理由はある。でもこいつには言いたくない。このままなんでなんでとしばらく聞かれ続けるのも面倒だけど、これを言っても面倒なことになるのは目に見えている。つまりどっちにしても面倒。

 ……けど、俺から答えを聞くまではずっとこれが続くのも知ってる。昼休みを乗り越えても次の休み時間、放課後、今日を乗り越えても明日、明日がダメなら明後日……と延々聞かれ続けることになる。今までずっとそうだったから。そのうち飽きるだろ、のレベルじゃない。顔を合わせるたびになんでなんでと同じことを聞かれてみろ、嫌になるだろ。

 永遠に聞かれ続けるのと、理由を言ってそこからまた面倒になるのを比べたらどっちがましなんだろうか。できればどっちも避けたいさ、そりゃ。避けられるものなら。

「……女って、思ってるほどいいもんじゃねえの」
「なんだよその意味深な発言! やっぱ過去に付き合ってたんだろ!?」
「だからそれはない」
「じゃあなんでだよ! 付き合ったことないのに女はいいもんじゃないとか、過去になんかあったんだろ? だからこそそんな発言が飛び出すんじゃねーの!?」

 さっきもうじきベルが鳴るって言った時は、時計はベルが鳴る三分前くらいをさしてた、はずなのに。なんでこうも早く時間が経って欲しい時に限って時間って進まないんだろうな……。部活やってる時の三分とか気付いたらもうとっくに過ぎてるのにな。

「俺の親戚、女が多いから。それでいろいろと」
「えっそうなの!?」
「声がでかい。で、こき使われて嫌になったんだよ」
「おっとすまん。そうなのかー、俺ん家どっちかっつーと男多いから羨ましいわー、なにそれ超天国じゃん。あ、そうだ、ひとりでいいから紹介してくんね?」

 ほら。こうなるからできれば言いたくなかったんだ。これで質問攻めからは解放される代わりに今度は紹介しろってしばらくしつこいんだろうな……。
 奏斗もおもちゃにされてるから俺にとっても奏斗にとってもどっちかといえば地獄だけど、こいつからしたらそんな状況も天国なんだろうな。俺はほんとに勘弁して欲しいが。俺はおもちゃっつーより下僕の方が正しいかもしれない。交換してくれって言われたら喜んで交換したいくらいにはろくな思い出がない。

「俺守備範囲広いから年下でも年上でもいいぜ! できればきれいなお姉さんがいいけど紹介してくれるなら贅沢言わないから! おとやんの親戚って全員美人そうだし」
「何を根拠に……」
「おとやんイケメンだしお母さんも美人だし、合歓木家の血筋って美男美女なんだろうなーって」

 そこでようやく鳴るベル。今日は先生がさっさと来てくれてよかった。現国は好きじゃないけど今日は頑張ろうと思う。


 もちろん、女が全員そうじゃないってことは分かってるつもりだ。たまたま親戚の奴らがあれなだけで。
 でも俺にとっちゃあんまりいい思い出がないから、鳴海みたいに異性に対してあれこれ幻想を抱いたりはしないし、そういう年相応なことを妄想したりもしないと思う。とにかく俺はそれほど異性に対して興味関心はない。
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