A Fantastic Birthday!


四月一日。世間ではエイプリルフールといって、みんな知ってるよね、今日は嘘をついてもいい日。ちなみに起源は不明なんだそう。

「あ、おはよう、鳩村くん。お誕生日おめでとう」
「あ、くららんだ。お誕生日おめでとう」
「おーおはよー。鳩村今日誕生日なの? おめでとー!」
「マジか! お前今日誕生日なのか! おめっとさーん」

そして僕の誕生日でもある。だからなんだという話だけどね。

今日誕生日の人って、「今日誕生日なんだ」とか言っても信じてもらえなかったりするのかな。そもそも僕にはそんなこと言えるような人はいないけど。

部活に来た途端、真っ先に祝ってくれたのはなぜか茅ヶ崎くん。おめでとうって言ってくれるのは嬉しいけど、茅ヶ崎くんに誕生日言ったことあるっけ……? でも、祝ってくれる人がいるなんて思ってなかったから、嬉しい。
茅ヶ崎くんからはじまって、口々に同級生からおめでとうって言われて、嬉しいやら、恥ずかしいやら。

「鳩村今日誕生日なんだ。おめでとー」
「そうなのか。お誕生日おめでとう」

同級生の「おめでとう」を聞いて先輩たちからも祝われて、嬉しいけどなんだか申し訳ない。

西高吹奏楽部の雰囲気は珍しくフレンドリーで、先輩後輩分け隔てなく仲がよくて、他の人の誕生日もこんな感じだったりする。誰かが「おめでとう」って言うと、それがだんだん伝染していく。

部員全員に祝われて、同級生からはプレゼントをもらって。今までの人生で一番嬉しかった誕生日、といっても多分過言じゃない。家族以外の誰かに誕生日を祝ってもらう、なんてこと、今までないに等しかったから。家族でさえ忘れてることがほとんどだし(言えばケーキもプレゼントも買ってくれたけど)、友達と呼べる友達は少ないし、ちょうど春休みだから「おめでとう」すら言ってもらえたことがほとんどない。

顔がにやけるのを抑えきれないまま、準備室へ向かう。自分でも気持ち悪いくらい浮かれながら楽譜の入ったクリアファイル、そしてフルートを取ろうとして伸ばした右手が止まる。

「いい加減部活に来てくれないかなぁ、あいつ」

後ろから聞こえた声にびっくりして振り返ったら、そこにいたのは千鳥先輩。

音楽室に来て、やっぱり、とは思ったけど。今日も先輩は来ていなかった。棚の黒いクリアファイルとフルートは、今日も同じ場所に佇んでいた。

「……そう、ですね」
「あいつが来ないのは鳩村のせいじゃないから、気にすることじゃないぞ」

千鳥先輩の言うあいつ、っていうのは、同じフルートの鴨部先輩のこと。合奏の時は大体来るけど、個人練習やパート練習(といっても、僕の場合先輩が来ないから個人練習と変わらないんだけど)の時は来ない。来たとしても近くを通り過ぎたから顔を出しただけだからといって、楽器は吹かずにすぐに去っていく。
噂だと、いい大学を目指しているから勉強に忙しくてなかなか部活に来れないとか。吹奏楽部だと勉強する時間なんてほとんどないもんな……。じゃあなんで先輩は吹奏楽部に入ったんだろうっていう疑問が出てくるけど。僕みたいに中学の時にやってたから、とかなのかな。

先輩自身は「サボり」って言ってたけど、個人練習にはまったく来ないのに合奏ですんなり吹けちゃうから、多分誰も知らないところでひとりで練習してるんだと思う。

鴨部先輩の吹くフルートの音色が、僕は大好きだった。音が正確にあたりすぎて、逆に不安になるような。だから、先輩には練習に来てほしい。一緒に練習したい。隣でフルートを吹いてほしい。
今日は僕の誕生日だし、来てくれたりなんて……とか一瞬期待してみたけど、話したことがほとんどないのに先輩が僕の誕生日を知っているわけがなかった。誕生日って、他人からすればただの平日だしね……。何馬鹿なこと考えてるんだろ。

「鴨部は一年の時からこんなだからな」
「俺がなんやて?」

苦笑する千鳥先輩につられて苦笑したら、不意に後ろから声が聞こえて驚いた僕はなんとも情けない声を上げた。千鳥先輩も驚いて肩がぴくっと一瞬揺れた。

「か、鴨部? な、なんでお前……?」
「部活に来て何が悪いん? 俺吹部なんやけど?」
「いや……別に悪くはないけど……」

鴨部先輩は真っ直ぐこっちに向かってきて、棚からフルートを取ってついでに取ってくれた僕のフルートを手渡してくれた。慌ててお礼を言ったら、笑われてクリアファイルで頭をぽんと叩かれた。

「千鳥ー、今日の予定は?」
「黒板に書いてある」
「了解ー。どうせ夕方までやろ、かったるいなぁ」

鴨部先輩が出ていってすぐに千鳥先輩は僕のほうに振り返って目を見開いた。そして小声で「珍しいこともあるもんだな」と言って譜面台を片手に準備室を出ていった。僕もクリアファイルとフルートを抱えて音楽室に戻る。

「鳩村くん、今日の練習場所化学室やて」
「あ、はい。ありがとうございます」

偶然、だよね。まさか、ありえないよね。たまたま気が向いたから、来ただけだよね。……ああもう、自意識過剰なのもいい加減にしなよ、自分。


   * * * * *


「あーやっと終わりかぁ……疲れたなぁ」

午前の個人練習とパート練習、午後のセクション練習と合奏まで何事もなく終わって、やっぱり自分の思い過ごしだったんだと朝浮かれていた自分が恥ずかしくなる。
でも、気が向いたから来ただけだとしても、偶然だったとしても、今日鴨部先輩が部活に来てくれて、一緒に練習できたことが、僕はすごく嬉しかった。

「鳩村くんお疲れ様ー」
「ありがとうございます。先輩もお疲れ様です」

中学からこんなだし、慣れたとはいえ休みの日もほぼ一日部活だと疲れる。はぁ、と息を吐いて楽器を片づけようとケースを取りに行く。

「……ん?」

ケースを開けた時、ひらっと紙が落ちたような気がして思わず声が出た。膝の上に落ちたそれは、単語帳くらいの大きさの小さい白い紙。……と、イチゴ味の飴。
なんだろうと思って裏を見たら、目に入ってきた文字に僕はそのまま固まった。

「どうかしたか? 鳩村」
「あ、い、いや……なんでも……なんでもないです」
「今日の夕飯ごちそうでも出るのかね?」
「そ、そんな感じです……。あはは」

邪魔になってたらしく、千鳥先輩に声をかけられて我に返る。家に帰ったらケーキ……あるかなぁ。いちごがいいなぁ。……じゃなくて。

きれいな筆記体で書かれた「Happy Birthday」の文字に僕は見覚えがあった。この字は……。

「なんや、鳩村くん。俺の顔になんかついとるん?」
「い、いえ! なんでもないです!」
「変な鳩村くんやなぁ」

このきれいな筆記体は、鴨部先輩の字だ。いつかのミーティングの時、書記を頼まれた先輩が黒板に楽器の名前をきれいな筆記体で書いていた。

となると、この飴も先輩が入れたものだろうか。っていうか、こんなものいつの間に……。
その前に、先輩、僕の誕生日を知ってたの……? 先輩と誕生日の話なんてしたことなかったはずなのに。

「くららん、さっきからにやにやしてるけど、なんかいいことあった?」
「へっ!?」
「なんかいいことあったのって、うさたん、今日鳩村誕生日だよ?」
「それもそっか」
「……うん。みんな、ありがとね。いろいろと」
「どういたしまして」

いつの間に僕の楽器ケースに入れたんだろう。口では直接言わずに、こんな方法で祝ってくれるのが鴨部先輩らしくて。

「あ、あの……鴨部先輩」
「ん? どしたー鳩村くん」
「えっと、その……ありがとう、ございます」
「んー? 俺なんかお礼言われるようなことした?」
「……いえ」

そうやって、何も知らないふりをするところも。


やっぱり今日は、人生でいちばん幸せな誕生日だ。
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