真面目男子は百合がお好き


 担当の先生がなかなか見つからず、掃除が終わるのが長引いてしまった。部活の時間を減らしたくないので慌てて教室へ戻る。鞄を引っ掴んで教室をさっさと出ようとしたら、不意に名前を呼ばれて山吹は足を止めた。

「あっ梓! 数学のプリント出してくれる?」
「数学のプリント……? あーあれか。ちょっと待って」
「うん。集めて先生のところに持って行かないといけないから、今日は部活先行ってて」

 自分の席に戻って机の中をあさってプリントを引っ張り出す。名前が書いてあるのを確認して渡すと、にっこりと笑ってその男子は山吹からプリントを受け取った。

「分かった。……いっつも思うけど、学級委員って大変そうだよな、理澄」
「まあね。でも、好きでやってることだから」

 それじゃ、と軽く手を振って理澄は残りのプリントを回収しに去って行った。若干斜めになっていた机を直して、今度こそ山吹は部活へ向かう。

 小虎理澄。山吹の友人で、さっき山吹が言っていたように学級委員を務めている、一言で言えばとても真面目な男子だ。
 理澄とは体験入部の時に知り合い、同じクラスだということを知ったのはその時でそれ以降仲良くなった。

 理澄は両親が共働きで帰りが遅く、学校帰りに買い物をして帰ったり、ほとんどの家事もひとりでこなしているらしい。ということを理澄は笑顔で語っていた。朝も早ければ帰りも遅く、休みもほとんどない吹奏楽部に入った理由は中学の頃もやっていたからだそう。そんな生活は中学からしているそうで、もう慣れてしまったと理澄は言っていたが山吹からすれば言葉が出ない。

 そんな真面目な彼だから、山吹も何か力になれることがあればと思って声をかけたりしているが、いつも笑顔で断られてしまう。まだ知り合って数ヶ月だから遠慮しているのだろうけれど、理澄が頑張っているのはよく知っているからもっと頼って欲しい。かといって自分ができることといえば何も思い浮かばないし、いざ頼られても力になれるかといったらなれなさそうな気もするし、歯がゆい。

「おっす梓。……あれ? 小虎は?」
「あ、うららか。小虎は学級委員の仕事があるから遅れて来るってさ」
「だからうららじゃなくて鵜浦つってんだろ。つかあいつ、ほんと真面目だよな」

 部活の中でも理澄は真面目で通っている。成績もいいし、練習にも熱心で礼儀正しい。



 そんな真面目な彼だが、彼にも欠点はあった。

「あれ、小虎、こっちじゃなかったっけか?」

 部活を終えて学校を出ると、理澄がいつもの道とは正反対のほうへ行こうとするので気になって山吹が声をかける。

「ああ、うん。今日はちょっと……寄りたいところがあって」
「また特売かなんか?」
「うん。それもあるけど……」

 学校帰りにスーパーなどに寄ってついでに買い物をしていくのもいつものことだ。帰りも遅いし、疲れているだろうしでやっぱり理澄はえらいなと思う。

 そこで一度口を閉じてにこっと笑みを浮かべた理澄に、山吹は全てを悟った。

「今日は"ゆりひめ"の発売日だからね」
「あ、そーすか……よかったですね」
「うん!」

 じゃあね! と元気よく手を振ってスキップで去って行く理澄の背中を見送って、山吹も帰路に着く。

 ゆりひめというのは理澄が愛読している漫画雑誌の名前。名前からして植物か何かの情報が乗っている雑誌か、少女漫画を想像していたら全然違うものだった。
 理澄は百合が好きらしい。百合といっても花の百合ではない。最初にそれを聞いた時は「花が好きなのか」と思っていたが、最近になってようやく理澄の言う「百合」の意味を知った。

 百合とは女の子同士の恋愛を指すものだそうだ。山吹にはよく分からない世界だった。

 理澄はそれが好きで、吹奏楽部に入ったのもそれが大きな理由だそうだ。男女ともに入ることができて、一緒に活動ができる。それを聞くと誰もが「なんだこいつ」と思うだろうが、彼曰く「紳士たるもの何事があっても表には出さない」だそうで。
 じゃあなぜ調辺高に入ったのかと聞いたら、従兄弟が調辺高に入っていたから半ば強制的に決まってしまったそうだ。

 百合について話し出すととにかく理澄は止まらないのだ。さすがに場所や状況は選んでくれているとはいえ、よく分からない世界の話を延々とされても山吹も困るのだが、マシンガントークとその楽しそうな表情に何も言えない。

 山吹だって漫画は好きだ。けれどそんな世界があったなんて今の今まで知らなかったし、理澄に会わなければ知ることもなかっただろう。漫画は漫画、現実は現実といっても山吹には興味がもてるものではなかった。

 バスに乗りながら、明日になればまたマシンガンのように雑誌の感想を聞かされることになるんだろうなあと思うと思わずため息が出た。それでもなんだかんだで付き合ってやっているのは、真面目な彼が唯一発散できる趣味なのだろうと思うから。

 今頃理澄は雑誌を買った頃だろうか。それともまだスーパーで買い物の途中だろうか。バスに揺られながら、山吹はそんなことを考えていた。
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