ハッピーメリークリスマス!2014
「なあみんな、クリスマスにコンサートやらね!?」
音楽室のドアが勢いよく開いたかと思うと、連の大きな声が音楽室に響いた。会話を止め、全員が視線を一斉にそちらに向ける。
「なにそれ! 超楽しそうなんだけど!」
「たまにはそういうのもいいかもね」
真っ先に乗ったのはお祭りごとが大好きな冴苗と弟の弾。それを受けて周りからもちらほらと同意の声が上がる。
「クリスマスコンサート、って……いい考えだと思うけど、勝手に決めて大丈夫なのか?」
「勝手にじゃないよ! 先生の許可もらったよ!」
「もうもらったのかよ」
「ま、あの先生ならそうだろうね」
疑問を呈したのは拓人。即答で帰って来た答えに力が抜ける。その隣で苦笑する響介が言うように、あの先生――観田先生なら絶対笑顔で即OKするだろうが。
西高吹奏楽部の顧問はこれまたお気楽な先生だった。顧問としての仕事はしっかりこなしてくれるものの、それ以外は基本的に部員に任せっぱなしで、判断の基準は面白そうかどうかというなんとも自由奔放な先生である。クリスマスにコンサートを開きたいなんて言ったら笑顔で即OKを出しただろう。
「どーせみんなカレカノいないっしょ? だから暇っしょ?」
「いやまあいないですけどー。茅ヶ崎先輩もいないんですよね」
「おう! ……あ、いたわ。トランペットが恋人だからオレ」
「家族と過ごす人もいるじゃないですか」
「そーいうのは夜にやっとけ!」
トランペットパートが盛り上がっているのにつられて他の部員もクリスマスコンサートの話題で盛り上がりはじめる。
部長の熊谷も乗り気のようで、鼻歌を歌いながら楽譜をあさっている。
「クリスマスっぽい曲ってなにがあるかなぁ」
「やっぱりジングルベルとか? あとは……そりすべりとか!」
「赤鼻のトナカイとか、CMで毎年流れる曲もあるよね。あれとか?」
「急に言われてもとっさにはなかなか思い浮かばないよな」
「はいはいみんな、いったんストップ! まずは曲を決めなくちゃいけないから、明後日までに各自やりたい曲をパートでまとめて俺か熊谷に提出すること。時間もないし、できれば楽譜があるやつな!」
手を叩いて一度騒がしい室内を静かにさせると、拓人は声を張り上げた。全員そろってはーいというなんとも小学生のような返事が返ってきた。
「千鳥くんも楽しそうだね」
「……まあね」
「たまにはこういうのもいいよね。いい考えだと思うよ。提案してくれた茅ヶ崎くんに感謝だね」
「だな。せっかくだし、楽しまなきゃ損だよな」
「そうそう」
「楽譜、何があったかな。あいつら、無茶言わないといいけど」
楽譜を確認しようと準備室へ行くために音楽室を出ると、熊谷が後ろからやって来た。
口では大変だなどとぶつぶつ言いながらも、拓人の横顔は楽しそうだった。
* * * * *
そして迎えたクリスマスコンサート当日。曲のクオリティよりはノリ重視の企画(もちろん曲の練習もしっかり行っている)だが、緊張のせいか、それとももうじきクリスマスだからか、みんなそわそわと落ち着きがなかった。
当たり前だが部員たちはコンサートが始まるより早くステージで待機しており、幕が閉まっているので観客がどれほど集まったのか部員たちは知らない。一度様子を見に来た観田先生がぐっと親指を立ててウインクをしてみせたので、客がまったくいないというわけではないのだろう。なんとなく騒がしい気もするし、それなりには集まっているはずだ。そうであって欲しい。
「はいはいはーい! みなさん、本日は西高吹奏楽部のクリスマスコンサートにお集まりいただき、誠にありがとうございます。間もなく演奏が始まりますので、静粛にお願いいたします」
幕のすぐ向こうで観田先生の声が聞こえた。と同時に静かになる会場。いよいよ西高吹奏楽部によるクリスマスコンサートの始まりだ。
「準備はいいか? いくぞ?」
拓人が前へ出て、深呼吸をひとつ。拓人の言葉に全員が頷きを返す。
「せーの!」
小さく声で合図しながら、先生の代わりに拓人が指揮を振る。といっても出だしの数小節だけ振った後、あとはドラムに任せてすぐに自分の席へ戻る。
まず一曲目――オープニングは「マル・マル・モリ・モリ」。演奏とともに幕がゆっくり上がっていく。まばらに鳴っていた手拍子がやがて会場全体に広まっていく。
用意したパイプ椅子はすべて埋まっており、立ち見の人もちらほら見えた。
オープニングが終わり、大きな拍手の中、熊谷と響介、そして連が立ち上がって前へ出た。
「えー、改めまして、みなさんこんにちは、そしてメリークリスマス。西高吹奏楽部のクリスマスコンサートへようこそおいでくださいました。司会は私、部長の熊谷と」
「副部長の倉鹿野響介でお送りします。短い時間ではありますが、楽しんでいただけたらなと思います」
「クリスマスにはちょっと早いけど盛り上がっていこうぜ!」
メイン司会は部長の熊谷と副部長の響介。連は盛り上げ役といったところか。
時間がない中それぞれそろえたクリスマスにちなんだコスチュームも好評らしい。
ちなみに熊谷はサンタの帽子に赤いマント、響介はトナカイの耳とツノのカチューシャに蝶ネクタイに耳と同じ色のオーバーオール、連は全身サンタの格好だ。ひげも準備したらしいが、楽器を吹くのに邪魔だからと置いてきた。
「オープニングは『マル・マル・モリ・モリ』でお送りしました。手拍子ありがとうございました」
「本日演奏する曲は、そこのホワイトボードにも書いてありますが、みなさんどこかで耳にしたことがあるでしょう、『サンタが街にやってくる』、この時期CMでおなじみの『すてきなホリデイ』、楽しいクリスマスソングがたくさん詰まった『クリスマスソング・メドレー』をお送りします。三曲続けてお聞きください」
響介が曲の紹介を終え、司会の三人が軽くお辞儀をすると、観客席から拍手が沸き起こる。
三人がそれぞれ自分の席へ戻ったところで、演奏とあいさつの間に全身サンタ衣装に身を包んだ観田先生が登場する。白いヒゲまでつけて、おまけにプレゼント袋まで担いで完璧なサンタだった。その姿を見て小さな笑いが上がった。
会場が静まり、先生が指揮棒を構えるのを合図に全員が楽器を同時に構える。
一曲目、「サンタが街にやってくる」。曲名を聞いただけではピンと来ない人が多いだろう。きっと誰もがどこかで耳にしたことがあるはずだ。
二曲目、「すてきなホリデイ」。冬になればCMでよく流れているおなじみの曲。サビを聞けば誰もが思い出すに違いない。
三曲目、「クリスマスソング・メドレー」。ジングルベルやきよしこの夜、そりすべりなどクリスマスソングがたくさん詰まった十分ほどのメドレー。
三曲全ての演奏が終わると観客から盛大な拍手が沸き起こった。先生の合図で立ち上がって、小さくお辞儀をする。
「アンコール! アンコール!」
鳴り止まない拍手は手拍子に変わり、盛大なアンコールが飛ぶ。そんな観客席を困った表情で笑みを浮かべながら、しばらくのアンコールののちに両手を振って静かにさせると、無言で背中を向けて再び指揮棒を構える。
「どうも、ありがとうございました」
アンコール用に用意していた曲は「名探偵コナンメインテーマ」。サックスのメロディがかっこいい一曲。
アンコールが終わると、再び連がマイクの前までやって来た。
「ここまで聞いてくださりありがとうございました! さてさて最後は『ジングルベル』を演奏したいと思いまっす! ……が、その前に。全員、起立!」
観客はいきなりのことに隣の人と顔を見合わせながらも連に言われた通り、おずおずと立ち上がる。
「せっかくなんで、演奏に合わせてみなさん歌ってくださいね! でも、いきなり歌えって言われても恥ずかしくて誰も歌わないと思うんで、今日は特別に聖歌隊のみなさんをゲストとしてお呼びしております! どうぞ!」
「えっ、聖歌隊?」
「なにそれ? うち合唱部とかあったっけ?」
「そんな部はないはずだけど……どこからか呼んだとか?」
「まさか」
観客よりも部員たちの方がどよめいていた。最後のジングルベルは演奏と一緒にお客さんに歌ってもらう――という案を出したのは部員なので予定通りだが、聖歌隊を呼ぼうだなんて提案は誰もしていない。
後ろのドアが開き、低音の陽気なジングルベルの歌声とともに入って来たのは。
「どーもみなさんメリークリスマス! 西高やきゅ――じゃなかった、クリスマス特別聖歌隊です! 今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
二手に分かれて左右から走って回り込んで、ステージの下に集合したのは紛れもない西高野球部だった。
頭はサンタの帽子やトナカイのカチューシャに、下はばりばり西高の文字が入った野球のユニフォームというなんとも滑稽な姿に、ステージからも観客席からも笑いが起こった。少しでもましにしようと思ったのか数人がテディベアを抱えているのが余計に滑稽に見える。
「歌詞も書いてきたんで、みなさんで大きな声で歌いましょう! 吹部のみなさん、演奏お願いしまっす!」
「はいはーい」
野球部――聖歌隊のメンバーが腰に手を当て歌う姿勢になったのを確認して、指揮を振り始める。最初から大音量で応援歌ばりに歌っているのはさすがだ。最初は恥ずかしがっていた人たちも二番に入る頃には楽しそうに歌い始め、一足早いクリスマスが西高にやってきた。
* * * * *
「これにて西高吹奏楽部クリスマスコンサートは終わりです。最後までご清聴いただき、ありがとうございました」
響介の挨拶が終わらないうちに、今日いちばんの大きな拍手が沸き起こった。耳に痛いほどの拍手に、部員たちの顔に笑顔が広がる。
「ささやかではありますが、プレゼントを用意しておりますのでよかったら受け取ってから帰ってください」
響介が最後の挨拶をしている後ろで、部員たちは楽器を椅子の上に置きばたばたと袖へ引っ込む。今日来てくれた人たちにプレゼントを手渡すためだ。出口のところで小さな袋に詰めたお菓子を、ひとりひとりに感謝の気持ちを込めて手渡すのだ。
「改めてみんな、今日はお疲れ様。お客さんにいろいろうけてたし、演奏もよかったと思うよ。楽しかった!」
お客さんが全員帰った後で未だサンタのままの観田先生が笑顔で現れた。その言葉にみんなも満面の笑みを再び浮かべる。
「さ、まだコンサートは終わってないよ。後片付けが終わるまでがコンサートだからね。……終わったらサンタから素敵なプレゼントがあるから、それまでもうひと頑張りだよ、みんな」
えーという落胆した声も、プレゼントの単語ひとつで笑顔と歓喜の声に元通りだ。連の掛け声とともに一斉にステージに向かって走り出す。
「……青春だなぁ」
わいわいと後片付けを始める部員たちを見て観田先生――サンタクロースは再び笑みを浮かべた。
〜今回西高吹部が演奏した曲〜
「マル・マル・モリ・モリ」
マ●モのおきての主題歌だった曲。踊りはあったかもしれない。
「サンタが街にやってくる」
聞けば多分みなさん分かるかと思います。童謡。
「すてきなホリデイ」
ケンタ●キーのCMでおなじみの曲。クリスマスと言われてパッと思い浮かぶのはやっぱりこれ。
「クリスマスソングメドレー」
えむはちから出てます。合計八曲。
「名探偵コナンメインテーマ」
つい先日ルパコナ公開したのでなんとなく。