▼ 響介と千鳥
「今年の文化祭は人がいっぱい来るだろうなー」
「……だろうな」
外は真っ暗で、すっかりひと気のなくなった廊下をスキップしている響介の背中を見つめる千鳥の表情は、やれやれといった様子でため息を吐きながらもどこか楽しそうだった。
「クラスで文化祭聞きに行くからってすっごい言われてるしね」
「俺も俺も」
文化祭といえば、その名の通り文化部が輝けるイベントだが、今年の吹奏楽部がかなり期待されている理由は、当たり前だが演奏する曲目にあった。
今年の文化祭で演奏する曲のひとつに、「前前前世」がある。この曲は長編アニメーション映画の主題歌で、現在も絶賛上映中だ。学校中で話題になっており、部内でも楽譜が出たら演奏したいねとよく言っていた。
「別に当日まで秘密にしているというわけでもないけど、茅ヶ崎がいろんなところで吹きまくってたからな」
「『それ文化祭でやるの?』って聞かれて『おう!』とか答えてそうだもんね」
今回に限ったことではないが、茅ヶ崎の兄のほう、連がいろいろなところでそれを吹きまくっていたため、校内でかなり話題になっていた。
余談だが、連は弟の弾と違って1stに固執しておらず、今回も後輩にやらせようとしたらしいが、かっこいいから連にやってほしいと今回ばかりは冴苗も山吹も譲らなかったらしい。かっこいいというのは、トランペットが活躍する曲だからという意味でもあり、トランペットの中で一番顔がいいからという意味でもあるらしい。
そうじゃなくとも、涼しくなってきたからと音楽室の窓を開けて合奏をする季節にもなってきたことと、パート練習では空き教室を使用しているから、居残りしている生徒や先生にはとっくに知られているが。
「それに、文化祭でやるところは他になさそうだしね」
「もう少し早く出てたらなぁ、って思ってる人多そうだよな」
「だろうねー。うちはラッキーだったよね」
映画の公開日が八月下旬で、楽譜が発売されたのが九月の中旬だったため、すでに文化祭に向けての練習は始まっていた学校も多いだろう。調辺高は今年はたまたま例年より少し遅めの開催になっていたため、それでも練習は始まっていたが、まだ開始直後だったので曲目に入れることができた。
「期待されている分、頑張らないとだけどな」
「そこは大丈夫じゃない? だってみんなテンションがすごいし、やる気満々じゃん」
「まあな。でもトランペット頑張りすぎだろ」
「いいじゃんいいじゃん。かっこいいんだし」
「でもいいところで音を外すのは当日は勘弁してほしい」
「まあそれはねー、当日は頑張ってほしいよねー」
響介のスマートフォンから流れる今日の合奏にあれこれ難癖をつけながらも、やはり千鳥の顔は笑っていた。