──キスをするのは、好きだ。

…けれども反面、嫌なこともある。




「ちょ、…ドタチンてば、」

強い腕に引き寄せられ、あっさりと臨也の身体は門田の腕の中に落ちた。
ソファの肘置きから中途半端にはみ出た脚をジタバタと泳がせるが、大した抵抗にはならない。

「…相変わらず、触られんの嫌いだよな、お前」

いつになったら慣れるんだろうなあ、と何でもないような口調で呟かれる感想に、慣れるか! と臨也は内心で叫んだ。


…一種の潔癖症に近いものがあるねと、いつだったか友人である闇医者に冗談混じりで言われたことがある。

臨也はそれこそ小さい頃から、いわゆるスキンシップの類が苦手だった。
他人の体温に、不快でも不愉快でも気持ち悪いのでもなく、ただどうしようもなく違和感を覚えてしまうのだ。


「警戒心の強え野良猫みたいだな」

「っ」

するりと顎を撫でた指に上向かされ、宥めるように触れるだけの口づけが降ってくる。

「…ふ、」

子供騙しの拙いキスなのに、やはり感じる違和感は拭えない。

特に今回のように、ソファに身を預けリラックスした状態のところに、前触れなく突然にその手を伸ばされたりすると、身体は意識とは関係なくびくつき、強張る。
そして心構えがない分だけ、覚える違和感も比例して増してしまうから、いつもいつもせめて事前に一声かけてからにしてよと、臨也は門田に言っているのに。


「は、ぁ、…ドタチン、」

擽るような接触にも、臨也の呼吸は乱れがちになる。キスで啄む唇が離れれば、はふはふと忙しなく吐息が漏れた。

「…すげえ触りたくなるよな。そんだけ身構えられると、逆に」

「せ、性格、わるいよ」

「お前が言うか」

「うう…」

呻いて、臨也はもぞもぞと門田の胸の中で居心地悪げに身じろぐ。
がっしりした力強い片腕に捕えられただけで、臨也はもう逃れることは許されなくなっていた。

しかし力で敵わないと分かっていても、やはり抵抗は諦めたくない。諦めたら臨也の何かが終わる。
…だいいち、素直に大人しくなる自分なんて考えただけで気持ち悪かった。


「ドタチ、ン、……さっきから近い、んだけど」

自由の利く両手で、男の顎をぐいぐい押して顔を遠ざけたり、げしげしと足で腹を蹴ったり腕を突っ張って肩を押し返したりと、明らかに恋人への対応ではないのだが、この際そこは気にしない。

一種の照れ隠しみたいな可愛いものだと思って門田も許してくれるだろう、たぶん。


「暴れんな」

…駄目だった。
短く吐き捨てられ、空いている掌が内腿を這う。やはりさすがに足蹴はなかったか。
ぎく、とさらに身が強張って抵抗が緩むと、門田の顔が近くなった。

「や、」

咄嗟に右手でべちん! と男の口許を塞いで、顔を逸らす。
不満気な表情が一気に剣呑な雰囲気にその色を変え、目を細めた門田が、塞いだ掌の中で口を開き、べろりと舐めた。

「なっ……、う、ぁ」

ぬるりと這う生暖かい感触に、ぞくりと肩が震える。
這い回る舌が指の間を擽り、思わず手を離すと、がぶり、と指先に噛み付かれた。

「痛っ、」

がり、と音が聞こえそうなくらい加減なく歯を立てた男が、今度はそれを慰めるように口腔に含んだ指先を甘く吸い、じゅくり、と舐め啜る。

「あ、ぅ、」

野良猫はどっちだと、言いたい文句が言葉にならない。
ぱくぱくと口を開閉させる臨也を見てニイ、と笑い、門田はあーん、とこれみよがしに大きく口を開けた。

「あっ」

食われる、と危惧して退こうとした指は、手首をがっちりと掴まれて叶わない。

「っ…」

ぱくり、と。指が門田の口の中へ消える。
好き勝手に這う舌が丹念に指先を舐めて、噛み付く歯を浮かせるとゆっくりと間接まで口腔の奥に滑らせた。
つけ根まで呑み込み、舌を絡めては緩慢な動きで舐め回される。

「う、っや、……離、」

不覚にも下腹がずくりと疼いて、手を取り返そうと力を込めれば、がぶ、とまた指に歯を立てられる。
骨に響くその強さに、臨也の柳眉がきゅうと歪んだ。

「……は、」

それを見たからか、ようやっと指先をぷちゅ、と湿った音を立てながら離され、安堵感だけにしてはやけに熱を帯びた吐息が漏れる。
それを聞き逃すはずもない門田が、端整な口許を歪ませた。

「顔、真っ赤だぞ」

「…!」

揶揄る口調はまさに楽しそうだ。
ぶわっと、よけいに熱くなった顔を逸らすより、門田の骨張った手が臨也の顎を捕まえる方が早かった。
不意のことに身構える間もなく、落ちてきた唇に呼吸が塞がれる。

「ぅ…んっ、」

ぬるり、と咄嗟に引き結んだ唇の表面を這う舌の感触に、ゾクゾクと背筋が粟立った。
自覚し始めてしまった疼きについ唇が緩んで、その隙間をこじ開けた他人の温度がぐ、と深く差し込まれる。

「ぁ…っ、ぅ、」

状態的には臨也が門田の舌を食べているかたちになるのに、どうしたって食べられているのは自分の方だと思わずにはいられない。
我が物顔で口内を荒らす舌に、臨也はぎゅっと双眸をきつく瞑った。

そうして抵抗が失せた身体を、門田はソファにゆっくりと沈めていく。
のしかかられ、逃げ場もなく真上から覆われ、間近の男の匂いが全身を満たしてぐらぐらと目眩がした。

「っ、…ふ、」

ぴちゃ、と音を立てて口づけを解いた門田が、その指先で臨也の濡れた唇をなぞる。
せめてもの意趣返しに、それに噛みついてしまいたくなる衝動は、すぐそこだ。

しかし、そんなことをすれば、さらにその上を行くだろう報復が恐ろしい。

我慢しながらゆっくり開いた視界に機嫌の良さそうな顔が間近な鼻先で映り、悔しさにむっと唇を引き結んだ。
やっぱり噛んでおけばよかったかもしれない。


「あと、で、覚えてなよ」

「…なんだそれ。誘ってんのか?」

「はぁ?」

「あとで、ってのは、何の『後で』だよ?」

「…っバカじゃないの!」

勝手に深読みするなと、ニヤリと笑う男を睨みつける。その眼差しの先で、見せつけるように門田がぺろりと唇を舐めた。

「っ、」

その仕草がまるで舌なめずりのようだと、つい思ってしまって息を呑む。


「キス、すきだろう?」

からかいのない声音に促されて、躊躇いながらもそうっと瞼を伏せると、すぐに熱く唇が重なった。


──確かにキスは、嫌いじゃない。

唇の割れ目を舌先がたどり、ゆっくりと内側に男の舌を含まされる。
くちゅ、と柔らかく互いの熱を絡めて、それだけで臨也の呼吸や漏れる吐息は甘く切羽詰まったものになった。
身を寄せ合うたび、キスをするたび、全身を包む門田の匂いに酩酊していく。

…キスは、嫌いではないが、自分をすっぽりと覆い囲ってしまう門田の匂いは苦手だ。

互いの境目がわからなくなって、いつもいつも、臨也は自分を見失う羽目になる。
ふたりが混ざり合ったまま、元に戻れなくなりそうで。


容易に自分の内側を崩す、満たしては掻き乱す、たまらなくて、どうしようもなくなってしまって、臨也の理性をぐちゃぐちゃにしてしまう。

その、恐れにか、あるいは期待なのか、臨也は縋るように男の首に腕を回した。






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スキンシップ苦手で匂いフェチな臨也さん。
好みストライクなドタチンにいっつもキュンキュンしてる。

この臨也さんは、ドタチンと付き合うまでは、ビッチなにそれ美味しいの?な処女でした。
しかも性に関しては淡泊だから、女性経験や自慰の回数も超少ない身体だけは純粋培養さん。
そしてそんな臨也さんを一から自分色に染めていくのが楽しくてしょうがないドタチン。

むしろ私がいちばん楽しくてしょうがないよ!(笑)



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