夜が隠す、愛の言葉







私を泣かせて、今すぐ私を殺して。唯一の夜、私はあなたを愛しています。







「ん…っ!あ、はぁ…っ」

「ルルーシュ」

「あっ…、ん、ふぁ…っ!」

名前を呼んで達する。ルルーシュも達したようだ。汗に光る彼の前髪を撫で、食むようにキスをする。

ルルーシュは男娼だった。この娼館は女郎も扱っているがルルーシュが一番人気がある。いつも彼を指定すると予約が埋まっていることなんてよくあった。だから僕は毎日毎日予約をする。予約をしなきゃ会えない、なんてとても寂しいことだけれど実際そうなのだから仕方ない。でも、ルルーシュはここ一番の男娼。お金も掛かる。でも、会えないということのほうが辛く、耐えられなかった。

最初にルルーシュにスザクが会ったのは上司に紹介されてだった。何故女郎もいるのにわざわざ男を指名するのかと本気でその時は不思議だったがルルーシュに会ってその理由はよくわかった。

ルルーシュは余りにも綺麗だ。細くて、白くて。顔は艶やかな黒髪に紫の瞳。艶やかな笑みを浮かべて誘うのだ。

それからほぼ毎日、通ってしまう。本当にもう麻薬のようだ。一回嵌まったら抜け出せない。抜け出そうとも思わないが。

金は何とかなった。真面目に仕事にいって稼いでいたから。そして本気でルルーシュに一緒に来ないかと言っているのに彼は聞かない。それは駄目だと、寂しそうに笑うのだ。

「ルルーシュ」

ルルーシュの体を綺麗にして、後ろから抱き、自分に寄り掛かる様にさせる。

「何だ?」

ルルーシュが客であるスザクに敬語じゃないのはスザクがそう頼んだからだった。スザクは笑ってルルーシュの髪に口づける。

「僕の所に、来る気はない?」

「…それはできない」

「でもっ!そうすればこんなことしなくて済むんだ!」

「スザク、本当にいいんだよ」

「…僕がっ…耐えられないよ…」

来るたびにこのような言葉の繰り返し。ルルーシュに会えない夜、スザクがどれほどルルーシュを思っているか知らないだろう。いや、ルルーシュに会っていないときはずっとルルーシュのことを思っている。好きで好きで好きで、本当に堪らない。

「大丈夫だ。ここで働いている人は皆親切だし、それに俺と同じ境遇だ。皆を差し置いて幸せになることなんて俺にはできない」

ルルーシュがスザクのほうに体を向け、頬に手を当ててきた。

「スザク、時間だ」

「延長する」

「駄目だ。…次の客がいる」

「お金なら払う!だから…っ!」

「スザク、今日はもう終わりだ」

ルルーシュが微笑んだ。それがどれほど寂しそうに笑っているなんてルルーシュは気づいていない。スザクは悲しそうに微笑むルルーシュを抱きしめ、キスをする。顔を離すとルルーシュがまたその顔で微笑んだ。

「夢を買って頂き、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。スザク様」

そう言われ、スザクは出て行った。心に虚脱感を感じる。

触れ合っていないと、不安になる。心まで許しているものがいるんじゃないか、と考えると吐きそうだった。







スザクが帰ってすぐにまた違う客が入ってきた。撫でまわすように体を触られるのも慣れた。なのに、気持ち悪いと感じてしまう。

スザクの後だから。

そんなこと随分前から気づいていた。スザクに触れられるのが心地よく、安心してしまう。だけどそんな感情、感じてはだめだ。自分の体は穢れている。本当に汚い。なのにあの優しいスザクが自分にそんな感情を抱いては駄目だといつもルルーシュは自分に言い聞かせていた。自惚れるな、と。スザクと一緒にいられることなんて、本当に夢の中の一時なのだから。

それにルルーシュの借金もまだ多大にあるのだ。

妹の治療費を稼ぐために借金をした。親もいなく、頼れる親戚もいない。治療費は莫大な額で、でもルルーシュは妹が治るなら別に関係ないと思っていた。だが、妹は死に、ルルーシュの中には寂しさだけが残る。

スザクが来なくなったらそれはそれでいいとルルーシュは思っている。そもそもお金をかけて自分に会いに来ること自体が間違いなのだと。そう思い、ルルーシュは一筋涙を流した。それを見て自分を抱く男は生理的涙だと勘違いしたらしい。そうではない、と泣きたかった。

理屈がなければ会えないなんて、寂しすぎる。







ルルーシュに会いたい。何度そう思っただろう。一日何度も思う。仕事が終わると飛び出す様にそこを出て、ルルーシュのいる娼館に向かった。早く会いたい。できる限りの時間を買い、一緒の時間を過ごしたかった。

「予約してた枢木ですけど」

「あっ…枢木様、すみませんが今日は…」

「予約してたんだけど?」

「すみません!」

平謝りしてくる店員を殴りたくなる。この娼館の本当にお得意様…ルルーシュを指名しているやつが今日もルルーシュを指名したらしいのだ。その人間の父の親戚の会社の系列にこの娼館は入っているらしい。だから、なにも言えないのだと。
よほど酷い形相で詰め寄ったのだろう。喋ってはいけないはずのことまで話してしまっている。

「他の予約客は?」

「帰っていただきました…」

「何時にルルーシュは開くの?」

「それが…まだよく…」

「そう…」

腸が煮えくり変えそうだ。今この時間にもルルーシュはそいつに抱かれているのだろうか。

「この埋め合わせは必ずさせて頂きますので!」

娼館を出て、未練がましくそこに座る。その時、自分の名を呼ぶ声が聞こえ、頭を上げた。

「ミレイさん…」

「ルルーシュ、多分もう少しで開くわよ。今日、ルルーシュの相手しているそいつ誕生日らしくっていつもより我儘が通ったのよ。普通はこんなことないから安心しなさい」

「本当ですか!?…じゃあ、待ってます」

嬉しい。会えるという事実が嬉しかった。そしてミレイにお礼をいう。ミレイも人気がある。艶やかで本当に綺麗だ。だけど、重症だな。ルルーシュにしか何も感じない。

「ルルーシュを自分の所に来させようと思っています」

「…無理ね」

「何でですか!?」

「ルルーシュが望まないわ。それに、ルルーシュを買うってことでしょう?恐ろしいほどの額よ」
それは何度も考えていた。きっと、自分の稼ぎで払えるような金額じゃない。…だから大嫌いな父に頭を下げ、金を貸してもらうつもりだ。ルルーシュがこちらに来ると言ってくれたら。

「大丈夫です」

「…」

ミレイが瞳を伏せ、中に入るよう示された。その時に金髪の長身の男が出ていく。その顔は幸せそうに綻んでいた。それで気づづいた。今のが、ルルーシュを抱いていた男かと。

「くそ…っ」

殴りたい。むしろ殺してしまいたいくらいだ。嫌だ。ルルーシュが他の奴に触れていると思うと気が狂いそうだ。
次はすんなりと入らせてくれた。ルルーシュの、体が開いたから。いつもより乱暴にルルーシュのいる部屋の戸を開く。

「ジノ…、また来たのか?」

寝ころんだままのルルーシュ。そうか。今日は他の客が来ないと思っていたのか。スザクは近寄り、寝ころんでいるルルーシュを仰向けにして口づけた。

「ん…!ふぅ…っ、スザク…?」

「ルルーシュ」

ルルーシュを起こし、壁際に寄り掛からせた。そして余りにも細い肩を掴む。

「ルルーシュ、僕と一緒に来てよ」

「スザク…」

「耐えられないんだ、本当に。君が他の奴と触れているなんて嫌だ。気が狂いそうだ。君にずっとそばにいて欲しい。ルルーシュ、お願いだから…」
「駄目だ…」

「何でだよ!本当に、頼むから…っ!お金なら心配しなくていい。嫌なんだ…、君をずっと考えてるのに君は違う奴に抱かれているなんて…。嫌だよ。苦しいよ。…ルルーシュ、本当に愛してるんだ」

「駄目だ!」

「何で!?」

「頼むから、本当にもういいから…」

「ルルーシュ…」

掴んでいた肩が震え始める。

「俺はお前が大嫌いだ…」

「ルルーシュ?どうしたの…?」

「お前さえ、スザクさえいなければ俺は、なにも考えないでいられた」

一筋流れる涙。あぁ、君は本当に優しいね。

「出て行ってくれ…」

「嫌だよ」

「頼むから」

「離れたくない」

「馬鹿が…」

ルルーシュを抱く。離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ。本当に愛していて、求めてしまって。流れる涙すらも愛しい。
思い合っているはずなのに、結ばれることはないのだろうか。



辛いんだ。知らないうちに涙が出てきた。あぁ、こいつは、とルルーシュは思う。
普通に家庭を持って奥さんや子供を作って笑って過ごしてればいいのに。スザクならすぐにそれができるはず。なのにこんなところに、ルルーシュの所に通って。絶対後悔するのだ。後で必ず。スザクさえいなければ、ここにいることが苦痛に思うことなどなかったのだ。他の奴に抱かれることや抱くことを苦に思うことなど、なかったのに。
求めてしまっているのは、ルルーシュも同じで。
だけど言えない。こんな気持ちなど。ここで働いている者への裏切りの行為にもなる。自分だけ、幸せになることなどできるわけがない。

「ルルーシュ、僕と一緒に来て…」

「駄目だ、そんなことできない」

何度この言葉を言っただろう。スザクの言ってくれる言葉は嬉しいが、それと同時にとても悲しい。それが叶うことはないのだ。

「ずっと、一緒にいたいんだ」

そんなことはできないんだ。ずっと一緒にいることなど。でも、もし会い会いに来てくれるというならスザクにいい夢を見させてあげよう。夜、会える時だけ。スザクのことを本当に愛せるのだから。それ以外の時に愛することなんて、おこがましいだろう。こんな汚れた自分の体。スザクをこの体で愛するなど、本当に馬鹿だ。

「君がっ…頷いてくれれば本当に一緒になれるんだ」

「一緒にいない方がいい。…お前は、こんなところにすら来ない方がいいんだよ。本当だったら俺に会いになんて来るもんじゃない」

「ルルーシュは僕と会いたくないの…?」

会いたいよ。スザクに抱いてもらっている時、そのまま死ねたらと何度考えたか。逞しい腕の中、愛しい人に抱かれて死ぬのはとても幸せだろう。

「ルルーシュ、本当に好きなんだ。君以外考えられないんだよ」

そのままキスをされる。今日は何時間一緒にいられるのかとぼんやり思った。

「ルルーシュ、愛してる」
俺も、といった声は小さすぎてスザクには聞こえない。

「君がいなくなりそうで怖い。僕以外とどこかに行きそうで…。夢になりそうなんだよ。ここでこうしていることが」

そうだよ。夢なんだ。今のこの時間。夜のほんの一時の。なのにスザクは何でそんなに求めるような顔をする?あぁ、きっと自分も同じ顔をしているのだろう。

「愛してる」

唯一の夜、私はあなたを愛しています。その時以外はだからどうか、忘れてくれ。


  夜が隠す、愛の言葉
                   求めすぎて、狂いそうだ

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