……ああ、そうか。
これを世間では、『気まずい状況』と言うのか。


「お前が、こんなに良い趣味を持っていたとはな……知らなかった。」


目の前の彼から冷ややかな視線を向けられ、名前は咄嗟に顔を伏せた。




――ただ、間が悪かった。


裏庭から声がすると思い、そこに近付いてみれば……告白劇が聞こえてきて。
彼女はこちらに全く気付いていなかったようだが、曲がり角から女性が駆けて行って……泣きながら。
それにびっくりしてしまって、動けないでいると……女性と同じ方角から、彼が来て。
彼は、名前の姿を見ただけで状況を察したらしく、刺々しい言葉を投げ付けてきた。


……ただ、それだけの事。


じくじくと痛み出す心を無視し、名前は更に頭を下げる。
気まずくて、故意ではないとはいえ不粋な真似をしたのが申し訳なくて、彼の顔をまともに見られなかった。


「ごめんなさい……三成。あ、あの……盗み聞きするつもりは……」

「謝るくらいなら、最初からとっととこの場を離れろ。」


相変わらず鋭い口調で言ってくる三成。名前はびくりと肩を強張らせる。
……ああ、どうして自分は彼を不快にしかさせないのだろうか……我が身が、憎らしくて仕方無い。


「……本当に……ごめんなさい、三成……」


名前は再度彼に謝る。
三成は暫し気難しい表情であったが、やがて一つの大きな溜め息を吐いて、改めて名前を見た。


「お前は、今は暇なのか?」

「は、はい……今やるべき事は、特に何も……」

「……これから書庫に行く。謝るくらいなら、荷物持ちでもしていろ。その方が余程建設的だ。」


そう言い捨て、三成はさっさと歩き始めた。


名前は慌てて彼の後を追う。
雑用を押し付けられる事など微々たるもの、彼が許してくれた事の方が……名前にとっては重要だ。
それで彼が許してくれるのならばと、名前はむしろ内心嬉々として三成の後ろを歩いた。





二人して無言のまま書庫へと向かう中、名前はちらりと彼の横顔を盗み見する。
その風采は、男性とはいえ美しいとさえ呼べる程のものだ。幼馴染みの自分でさえ、こんなに間近で眺めると思わず見惚れてしまう。……もっとも自分の場合は、彼への恋心が多大に影響しているのだろうけれど。


しかし、成程。
人には、美しいものに惹かれてしまう習性があると思う。そしてそれは、何も物とは限らない。
彼の美貌ならば、女性達が自主的に集まってくる事にも納得がいく。


……が、彼女達が惹かれたのは、所詮彼の外見。
彼の辛辣な……いや、最早糾弾とさえ言える口撃を告白時に受け、それに泣いた女の数は数知れず。


他人が羨む程の容貌も、彼にとっては疎ましいものでしかないのだ。
それを名前は知っている。




……自分は、決して彼の外見だけに惚れたのでは無い。自分自身の恋心に、そう誓える。
人付き合いが苦手で、良くも悪くも真っ正直過ぎる物言いに、人を見下す態度。それらは、確かに短所と言えてしまうもの達。
でも、自分は知っている。その横柄さに隠れてしまう事もしばしばだが、……彼は、本当はとても忠義心に厚くて、優しい事を。
幼い頃より、皮肉を述べながらも、いつも彼は名前を助けてくれた。現に今だって、こんな些細な事で先程の不粋さを許してくれた。
彼にとってはそんなつもりは全く無くても、自分にとっては、彼のその優しさは輝いて見える。
だから、昔から……短所も含めた彼そのものを、恋慕っていた。


(……だから、嫌なんだよね……)


三成に見咎められないように、名前はそっと目を伏せる。


(……何であんなもの、見てしまったんだろう……見なきゃ良かった……)


心の中で、それはそれは深く項垂れて、名前は先の件を後悔していた。


見ず知らずの、あるいはほとんど接点の無い女性達から愛情を伝えられる時。三成は顔を忌々しそうにしかめて、決まってこう言う。


――愛だの何だの簡単に言うが、貴様は俺の何を知ってそう言うのだ。貴様が見ていたのは俺の外見だろう。
まともに話すらした事も無かったのだ、俺の趣味嗜好や思考など、知っている筈は無いだろうな。
知っているのならば、この場で言ってみろ……どうした、言えぬのか。……ふん、当然だろうな。知っているのならば、俺がこうされるのを酷く嫌悪している事も知らぬ筈は無いのだから。
……とっとと去れ、貴様のような無神経な女を見るのは……不愉快極まりない。


……気遣いなど全く無い、彼の断り文句。それを直接自分に向けてでは無くとも、……聞くのは辛い。
告白して玉砕し、泣いて走り去っていく女性達に、つい自らを重ねてしまうから。
……今更過ぎて、中々この気持ちを伝えられないから……尚更彼女達に自らを投影して、一人で落ち込んでしまうから。




「……あ、あの……三成。」


小さな勇気を振り絞って、三成に話し掛ける。
彼は、不思議そうに名前を見た。


「え、と……三成、先程のような時は、もう少し柔らかい言葉尻で断った方が、良いんじゃないかしら。……その方が、後々の面倒事も減ると思うのだけど……」


そう言った途端、彼は表情を険しくさせた。


「……では何だ。お前は俺に、好きでも無い女にへつらえとでも言うのか。」

「そんなつもりは……けれど、無闇に棘のある言い方をして、断る事も無いでしょう?」


――まるで、彼に告白した顛末を見たような気分になるもの。

彼に、あのような言葉を投げ付けられたら……きっと私も泣いてしまう。


しかし、彼は。


「俺にとっては同じ事だ。」


ぎろり、と名前を睨む。
それについびくついてしまうと、三成は更に腹立たしげに舌打ちをした。


「……俺の気も知らずに……よくもぬけぬけと言ってくれたものだ。」


彼のその呟きが聞こえてきて。
ああ……また彼を不愉快にさせてしまったと、後悔した。



***




書庫に着き、三成に頼まれた書を取り出し始めた名前。
それらはすぐに見付かったが、なるほど、確かに彼が『荷物持ち』と言う程には量があった。
必要最低限の量を持って先に退室した三成に早く届けようと、名前は急いで書庫から出た。


――が。
しかし名前の足は、そこから出てすぐに固まってしまった。


「石田様、あの、私……」


見知らぬ女性のその言葉に、ふと我に返り。
今この瞬間に彼等の視界には入りたくなくて、名前は咄嗟に、二人からは自分の姿が見えないようにと急いで近くの柱に隠れた。


ああ、本当に……どうして私はこうも間が悪いのか……
いや、そもそも。どうして今日に限って、こうも立て続けに告白なんてされてるんだろうか……


ずきずきと、心が痛み出す。
……彼の厳しい断り文句を聞くのも嫌だが、他の女性が彼に告白するのも嫌だった。
もし、三成が良しと言えば……と。そう考えると、……哀しくなってくるから。

先に彼の部屋に行って、三成を待っていよう……と、名前は痛む心を抑え付けながら、そっとその場を後にしようとする。


しかしその時。
急に背後から手が伸びてきて、誰かに肩を掴まれた。


「きゃっ……っ……!」


いきなりの事で驚いたが、掴んだ人物が三成だったので更に驚いてしまった。
彼はまた、仏頂面。


「ご、ごめんなさい……聞くつもりは――」

「いいから来い。」


反射的に謝罪し掛けたが、それさえも遮って、三成は名前を無理矢理女性の前に連れ出した。


何を言われるんだろう……
名前はこれから起こる事に、心底不安がった。


不思議がっている女性を尻目に、三成は名前の肩を抱く。
急に彼との距離を意識してしまい、名前の鼓動は高鳴ってしまう。


「あ、の……みつな――」

「こいつだ。」


またもや彼に言葉を遮られる。
一体何の事だと疑問だったが、女性は彼のこの言葉に顔を真っ赤にし、走り去ってしまった。


しばらく彼女の後ろ姿を眺めても、疑問は強まるばかり。先に歩き出した三成に気付き、彼の後ろを歩きながら名前は訊いた。


「三成、先程はどういう意味だったんですか?」


問えば、三成は此方を振り返る事無く、歩きながら答えた。


「俺には他に好きな女がいると、断った。」




「……え?」


予想外過ぎる言葉に、反応が数瞬遅れてしまった。


三成が、私を……?
そう勘違いしそうになるが、平常心だと内心自身にきつく言い付ける。
……良かった、彼が先に歩いていて。この真っ赤な顔を見られずに済むもの。


「あ、な……なるほど、断る為の口実だったのですね。……びっくりしてしまいました。」

「何だ、文句でもあるのか?」

「いいえ、文句だなんて。」

「ただ、その……嘘でも、そう言われて……嬉しかった、ものですから……」


つい無意識に本音を吐露してしまい、はっと冷静になる。
な、何を言ってしまったんだろう、私ったら……!


名前は慌てて、先の言葉を撤回しようとする。


「……あっ……あ、あのっ……さっきのは、その……」

「……何だ。」

「そ、その……気を悪くしたのなら、ごめんなさいっ……あの、三成……!」


きちんと彼の顔を見て言おうと、名前は半ば駆け足で三成の前へと回り込むが、そこで言葉を失ってしまう。


自分の真っ赤な顔を見られて、恥ずかしいとは思わなかった。
……だって、彼の顔も、ほんの少しだけ……赤いから。
それを見て、名前は更に顔を赤くしてしまう。


まさか、もしかして……と、心が嫌でも期待し始めてしまう。




彼は、ふいっと顔を背けて。


「……俺は別に、嘘を言ったつもりは無い。」


と呟き、先に行ってしまった。

はっと我に返った名前は、また急いで三成の後を追った。
――彼に、言わなければならない事があるから。


end.



貴方と一緒に。のさかな様より

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