静かな部屋に筆が紙を撫でる音がよく響いている。

名前はそっと部屋に入って、真剣な眼差しで執務に取り掛かっている三成のそばに寄った。



「三成様、お茶でございます」

三成「ああ、ご苦労。そこに置いておいてくれ」

「…あの…」

三成「なんだ?」

「…いえ、なんでもありません。失礼致しました」



顔を上げずにただ執務をこなす三成の邪魔はすまいと、言い掛けた言葉を飲み込んだ。

襖を閉めてその場を離れ、大きくため息をつく。



「今日も駄目、かな…」



髪飾りに手をやると、飾りについていた鈴がチリンとなった。




この数日、名前はこの髪飾りをずっと付けている。

それはある目的のため。


そしてそれは三成に見てもらうということが重要だった。
しかしいつも多忙な三成は、大体何かに目を奪われて名前に目が向いていなかった。

始めの一日二日は忙しい方だから仕方がない事だと思っていたが、こう何日も見てもらえないと悲しくなる。


とぼとぼと廊下を歩いていると、左近と出会った。



左近「今日もその髪飾りかい?お気に入りなのか?」

「…はぁ」

左近「…俺の顔を見てため息吐くのはやめてもらえないか」

「あ、すみません。つい…」

左近「つい…」

「あ、ち、ちがいますよ、別に左近殿の顔が…とかじゃないですから!」

左近「はは、わかってるよ。悩み事かい?」

「ええ、ちょっと…」

左近「ずばり、殿のことだね。しかもその髪飾りが関係しているとみた」

「さすが左近様、大当たりです」



名前がしょんぼりとした表情で当たりを告げると、反して左近は笑いながら名前の肩を叩いた。



左近「ま、わかりやすいからな、名前は。で、話は聞かせてもらえるのかい?」

「…そうですね。私もそろそろ誰かに話したいところでしたから」

左近「それならここじゃなんだし、俺の部屋にでも行きますか。ああ、下心はないぜ?殿に怒られる」

「ふふっ。わかってますよ」





左近「殿と何かあったのかい?」

「いえ、何かあったわけではなくて私が勝手に、というか…」



左近の部屋に移動して話を切り出されたが、名前は言葉を濁して少しうつむいた。

しかしすぐに顔を上げ、キッとした瞳ではっきりと言った。


「三成様は私をどう思っているのでしょう」

左近「殿が?そりゃあ勿論好いてると思うが」

「でも…この数日まともに話をした覚えがありません。お忙しいのは知っていますが…」



不安げに呟く名前を見て、左近は呆れたような笑いを浮かべていた。

しかし再びうつむいていた名前はその表情を見ることなく言葉を続ける。



「この髪飾りに願掛けしていたのです。あの方がこれに気付いて何か言っていただけるならば、まだ私を見ているのだと思おうと。でも、今日も駄目みたいです」



顔を上げて悲しげな笑みを見せながら名前はさらに言う。



「なんて…ただ可愛いと言われたいだけなのですけどね。でもやっぱり…」

左近「…つまり名前は寂しいんだな?」

「え?」

左近「殿が仕事詰めで名前を見てないから、寂しいんだろう。名前は仕事に嫉妬しているんだな」

「そんなっ。三成様はお忙しい方だと知ってます。そのお仕事に嫉妬するだなんて」

左近「してるんだよ。だから不安なのさ。仕事と自分、どっちが大事なんだろうってね」

「……」



左近の言葉は一理ある。

仕事にばかり精を出して自分を見てくれていない事で、不安を感じていたのは事実だ。



「嫉妬…」

左近「まぁ今は忙しいが、もうそろそろ落ち着くだろう。殿もあの性格だから勘違いするかもしれないが、あれでも名前に本気なんだ。殿を信じてくれ」

「…はい!」



名前は満面の笑みで頷いた。

左近も頷き返すと、腕を上げて伸びをする。



左近「さて、解消したところで俺も執務に戻るかね」

「すみません!私なんかのためにお時間を頂いて…」

左近「なに、気にする事はないさ。名前は殿の恋仲だ。もっと自信を持つ事だな」

「はい。ありがとうございました!それでは失礼いたします!」




名前は一礼して左近の部屋を出る。


自室に戻ると、髪飾りを外して布に包み、大事にそれをしまった。



三成「名前!名前はいるか!?」



大きな足音と声を上げて三成が名前の部屋の襖を開く。

そのいつもはみられない慌てように、名前は裁縫の手を止めて三成に駆け寄った。



「そんなに慌てて、何かあったのですか?!」

三成「いや、いるのならそれでいい…では、邪魔をしたな」

「お待ちください!私が何かしたのでしょうか?お聞かせくださいっ」



三成の尋常ではない様子に、思わず追いすがった。

腕を捕まれた三成は、少し眉をしかめて襖をしめた。



三成「大した事ではない。うたた寝をして夢を見ただけだ」

「夢?」

三成「その…どこを捜してもお前がいない夢をな。目を覚まして左近に話をしたら、正夢ではないかと言われて…」



三成は頬を赤らめて話す。
恥ずかしいのか名前から顔を背けている。

三成の様子に、名前の心に温かいものがじんわりと広がった。


「大丈夫です。私は貴方のお傍にいますよ」

「名前…」



にっこりと笑う名前を、三成はきつく抱き締めた。

一瞬驚いた名前であったが、自らも三成の背に腕を回して胸に頭を預けた。



三成「…すまぬな」

「何がです?」

三成「最近まともに話も出来なかった。こうして互いの温もりを感じるのは久し振りだ」

「…本当に、気付くのが遅いですよ」

三成「すまぬ…」



少し意地悪く三成を責めると、申し訳なさそうに呟かれた。

しばらくして体を離すと、三成が何かに気付いたように名前の髪に触れた。



三成「もう髪飾りはしないのか?」

「!気付いておられたのですか?」

三成「まぁな…よく似合っていた」

「…っ」

三成「ど、どうした?」



気付くと頬をいくつもの粒が流れていた。

拭っても拭っても溢れた涙は止まらない。



「嬉しくて…ちゃんと、見ていてくださったんだと……良かった…」

三成「俺は、お前をずっと見ている。お前が俺の傍にいると言ったようにな」

「ありがとうございます…」



三成の指が名前の目から流れる涙を拭う。

そのままそっと名前の頭を撫でた。



三成「名前。一段落着いたら暇を取るとしよう」

「暇を?」

三成「ああ。たまには物見遊山にでも行くのも良いだろう。無論、二人でな」

「…ええ!どこまでもお傍に」


優しく笑う三成に、名前も同じような笑みを向けてもう一度互いの温もりを感じた。



茶屋『SnowRose』の流雪様より

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