それは、三成が瑞奈に自身の想いを告げた一週間ほど後のことだった。

「・・やっぱり、ここにいたか・・。」

梅の木の下にいる瑞奈を見つけ、三成は少しほっとしたような表情をした。

「・・・どうしたの?」

「いや、姿が見えなかったのでな・・。」

ゆっくりと近づきながら、三成は木を見上げた。満開の梅の花が甘い芳香を放っている。

「・・何をしていた?」

「・・・・・ん、・・ちょっとね。・・思い出してたの。」

「・・何を・・?」

三成の問いかけに少し照れたような顔で、瑞奈は三成を見た。そして梅の木にもたれ目を閉じる。

「・・・三成に言われた言葉・・。」

『瑞奈、俺のところに来てくれるか?』

あの日この木の下で、三成にはっきりと言われたのだった。その瞬間、三成の顔が赤くなった。それは珍しいことだった。常に冷静を保ち滅多に表情を変えない三成も、瑞奈の前ではただの男になる。そうはっきりと示していた。

「・・・・・全く、・・・・・もう忘れろ!」

恥ずかしそうに後ろを向き、小さく言う。それに対し瑞奈は、嬉しそうに三成の前へと回り込んだ。

「・・ふふっ、・・忘れないよ。せっかく三成が言ってくれたんだもん。」

顔を覗き込み三成の表情を確認する。だが三成は目を逸らし、瑞奈を見ようとはしなかった。

「・・・まさか、本心じゃなかったの?」

「馬鹿か!・・あのような事、冗談で言えるか!」

不安そうな瑞奈の言葉に、三成は慌てて言う。そして、言い訳をするように付け加えた。

「・・・お前はすぐに、後ろばかり気にするからな・・・。」

「・・後ろ・・って、過去って事?」

「そうだ。・・もっと先を見ろ。」

そう言って、ようやく三成は瑞奈の方を向いた。不服そうな表情の瑞奈を見つめ、少しだけ微笑む。

「・・・・・そんな言い方しなくても。・・ちょっと余韻に浸ってただけだもん。」

唇を尖らせ、瑞奈もまた言い訳のように言った。確かに、今の激動の時勢、振り返ってばかりいては先に進めない。常に先を読み、先手を打ってこそ勝者になれるというものだ。

・・・・・やっぱり、女だからかな。

好きな人に甘い言葉を言われれば嬉しくなり、そしていつまでも胸にしまっておきたくなる。そんな事を思うのは、やはり女ならではの感情なのかもしれなかった。
瑞奈は自分の中にある女の部分を、強く感じていた。

「・・・まあ、お前はもう武将ではなくなるのだから、それで良いかもしれんがな。」

そう言うと三成は、手を伸ばし瑞奈の髪に触れた。暖かな日差しを浴びた髪は、温かく太陽の香りがする。

「・・・・・まだ、もう少し武将だよ。」

三成の触れる指先を嬉しく思いながらも、瑞奈は小さく言う。そしてそっと三成を見上げた。珍しく穏やかな視線が、瑞奈を包んでいた。

「・・・だったら、もう少し他にも目を向けろ。・・・・・お前が梅ばかりに気をとられている間に、この桃の蕾も膨らんでいるぞ。」

そう言って三成は、今度は隣の桃の木を見上げた。そこには淡い桃色の蕾が、二つ三つほころびかけている。三成の言葉に、瑞奈は慌てて枝を見上げた。

「・・ええっ!・・・あ、本当だわ。」

そして、感嘆の声をあげる。そしてまた、嬉しそうな表情になった。

「・・・ねえ、梅の花って冬の感じが強いけど、桃の花を見ると春が来たなって感じるのよね。どうしてかしら?」

人差し指を唇に当て、瑞奈は首をかしげる。その表情は、まだまだ少女のようだった。そんな彼女を見て、三成はふっと笑みをこぼす。

「・・・色もあるのだろう。梅よりも桃のほうが、華やかな色だからな。・・それと、桃には邪気を払う力があるという。雪が溶けて新たな季節になる時に、災いを払っていく力は・・・。」

「・・違うよ!」

難しい話を始めた三成を制し、瑞奈は首を横に振る。

「・・ん?・・じゃあ、なんだ?」

「・・私が好きな花だから!」

瑞奈は自信たっぷりの表情で言う。

「・・な・・。」

「春って気持ちが弾むでしょう?・・特に、今年の春は嬉しい事がいっぱいだし・・。」

三成の呆れた表情を無視して、瑞奈は嬉しそうに言う。

「・・・大好きな桃の花が、大好きな春に咲くの!きっとそうよ。」

「・・全く、めちゃくちゃ・・だな。だが、・・今年の春に嬉しい事があるのは間違っていないな。」

そう言って、三成は瑞奈を見つめる。珍しく穏やかで落ち着いているのは、三成もまた瑞奈を自分のものに出来た事が嬉しいに違いなかった。

「・・・うふっ。・・・・・幸せ・・。」

その言葉は、瑞奈の心からの言葉だった。この一週間、瑞奈はずっとそう思っていた。以前には感じられなかった三成の愛情を、毎日といっていいくらい瑞奈は感じている。甘い言葉こそなかったが、それでも態度は以前とは違っているのだ。

「・・・まだだ。」

そんな瑞奈の耳に、三成の声が聞こえた。

「・・何がまだなの?」

「・・・・・このくらいで幸せだ!などと言うな。」

「・・どうして?」

訳がわからず、瑞奈は三成の顔を覗き込む。その仕草にどきりとしながら、三成は照れたように横を向いた。そして呟くように小さく言う。

「・・・この先、もっともっと幸せにしてやる。・・お前が困るくらいにな。」

「・・み・三成?」

それを聞いた瑞奈の頬も、みるみる赤く染まっていった。今までに聞いたことがないような三成の言葉は、瑞奈の心にまた新たに刻み込まれた。

「・・・・・日の本一の、幸せな妻にしてやろう。」

今度は瑞奈の顔を見つめ、三成はゆっくりと言った。それから、ほんの少し頬を染め、そっと空を見た。だが腕は瑞奈を引き寄せ、しっかりと抱きしめている。

「・・・うん。」

三成の胸の中で、瑞奈はゆっくりとうなずく。

もう十分だよ・・。

本当はそう言いたかったのだが、それでは三成が納得しないだろうから、黙っていた。そして、二人は軽く口づける。

「・・・ね、三成は?・・どんな時に幸せを感じるの?」

腕に抱かれながら、瑞奈が問いかけた。それは聞いたこともなく、想像すら出来ないことだった。

「・・・そうだな・・。」

そう言うと、三成は瑞奈の体を離し乱れた髪を撫で付ける。甘えた目をして自分を見つめる瑞奈をしばらく見てから、そっと歩き出した。

「・・・お前が幸せそうにしている事が、俺の幸せだ。」

前を見たまま言った三成の言葉は、瑞奈には聞こえなかったらしい。

「・・・え?・・聞こえない。」
そう言う瑞奈の声に振り向いて、三成は一言言った。

「・・・・いずれわかる。」

そして薄く微笑むと、ゆっくりと屋敷へと向かって行った。

「・・・もう、意地悪!」

後を追う瑞奈だったが、その表情は晴れやかだった。

・・・・・ずっと傍にいるから、ちゃんと教えてよ!



-END-



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