死ねない理由。


そっと吹く風が開け放たれた縁側に面した庭から吹き込んで来る。
それに乗って、机の上の紙が数枚落ちた。カサリ・・・と、音を立てる。紛れて桜の花びらが舞い込んで来た。
庭に咲く春の花。
三成は紙を拾い上げると、今度は飛ばないように重りを乗せた。
一見、ただの紙切れだが大事な物だ。無くしてはまずい。
再び吹いた風に飛ばない事を確認して、三成は止まっていた筆を動かし始めた。
白い紙に、三成の性格を表すような文字が連ねられていく。
几帳面そうな、硬い文字。
一杯になれば新しい紙を出した。
書く事柄は山程ある。
それを繰り返して何度か。
三成は筆を置くと、花押を押した。
見直す事はしない。
畳んで封をする。
「ふぅ・・・」
と、凝り固まっていた肩の筋肉を動かした。
長時間同じ姿勢でいた所為か、相当凝っている。
けれど、これは今日中にしておきたかったし、渡しておきたかった。
三成はそれを懐に入れて、庭を見た。
気が付けば既に夜。
星が瞬いている。
月が出ていた。
幸い月は未だ真上ではなかったが、遅い時間。
大半の者は休んでいるだろう。
静かだ。
昼間は往来で慌ただしい廊下も、今はひっそりとしている。
その廊下を、部屋に向かって歩いて来る足音が聞こえてきた。
来たか・・・三成は居住まいを正し、
「三成・・・起きてる?」
その声を促す。
「ああ、名前」
待っていた。
春用の寝間着でやって来た名前に茶を出し、三成はその向かいに座る。
名前が両手で茶碗を包み、その温かさにホッと溜息を吐いた。
「・・・ありがとう」
「気にするな。俺が飲みたかっただけだ。・・・丁度片付いた所だしな」
云って三成も茶碗に口を付ける。
ちらりと名前が机の上を見た。
乾き切っていない筆と硯。
今の今迄使われていた証拠。
「明日から戦だって云うのに仕事?休まなきゃ駄目なんじゃないの?」
「戦に関する事だ。放っておく訳にもいかん」
明朝、戦に発つ予定の豊臣軍。
準備やら何やらで忙しく動き回っていて、戦に向けての三成の仕事は殆ど進んでいなかった。
名前は、ふぅん、と曖昧に頷くと、庭に目を遣る。
月下に桜が緩やかに揺れていた。
「桜が綺麗だね」
「は・・・?」
突然呟かれた褒め言葉。三成は一瞬ぽかんとしてしまう。
だが、次の瞬間には理解して云った。
「ああ、今年も見事に咲いた」
と、三成も庭に目を遣る。
次はいつ、この桜を見られるだろう。
来年か、それとも再来年か・・・帰って来られるだろうか。
もし、帰って来られたとしても。
今夜のように二人一緒に見られるだろうか・・・。
自分も武将で、名前も武将。
死ぬか生きるか。
それは分からないし、どうしようもなく不安だ。
その思いは名前も同じで、戦に発つ前日には三成を訪れていた。
最後になるかもしれない夜。
愛する人と過ごしたいと思うのは当然だろう。
沢山話しておきたい。けれど、話したい事があり過ぎて言葉にならない。
その為の手紙・・・三成は懐に入れていた紙を名前に差し出した。
「何、これ・・・」
と、名前が紙を睨む。
「分かっているのだろうが。早く受け取れ。疲れる」
「嫌よ・・・遺言でしょう?」
名前はそっぽを向いた。
こんな物要らない。
態度で示す名前に、三成が困ったように眉を寄せる。
「名前」
「嫌ったら嫌」
名前が逃げて庭に出た。
萌える草が名前の足を擽る。
名前は三成に背中を向けたまま、
「好きって云ってくれたら考えないでもないけど・・・」
消え入りそうな声で云った。
その小さな背中。
三成は何も云えずに俯く。
素直に感情を露に出来ない自分。
一度も名前に好きと云った事がない。
こんな時位は・・・とは思うのだけれど。
何も云わないまま、遺言を差し出すのはあまりに図々しい。
「名前・・・俺は・・・」
と、三成が口を開き掛けるのを、
「嘘よ」
名前は遮って云った。
「三成からそんな言葉、聞きたくない」
「な・・・」
慌てて三成が顔を上げる。
心底驚いた表情だ。
それを名前はくすくすと笑い、更に続けて云った。
とてつもなく悪戯っぽい顔で。「だって、私と三成は恋人の関係じゃないでしょ?」
くるりと回って三成を見る名前の表情は影になってよく見えない。
戦に発つ前には訪れる癖に。
その度に情を交わすのに。
今夜もそのつもりでやって来たのではないのか。
名前は俺を好いてはいないのか。
何を考えているのだ・・・と、三成は名前の言葉を待った。
名前の黒い髪が風に揺れる。
綺麗な黒髪だ。
「私、三成に告白されてないもの。・・・あぁ、私からしても良いのよね。でも、それって恥ずかしいから嫌だわ」
その黒髪を撫で付け、名前は云う。
「知ってる?私、兼続様に告白されたの」
「何・・・!?」
少し三成の腰が浮いた。
焦っている。
それが嬉しくて、
「名前、そなたはまるで冬に咲く一輪の花のようだな。私の心に鮮明に焼き付いている・・・あぁ、名前。そなたのその麗しい姿。私の傍で咲いていて欲しい」
名前は出来るだけ低く、兼続のような振る舞いで云った。
「気障な・・・」
ちっ・・・と、三成は小さく舌打ちをする。
同時に羨ましくもあった。
自分には真似出来ない。
それを分かってか、名前は三成に追い打ちを掛ける。
「くらっと来ちゃうわよね。兼続様、端正な顔立ちをしていらっしゃるし」
兼続のような男に愛を囁かれて嬉しくない訳がない。
けれど、兼続では駄目なのだ。
三成でなくては・・・と、名前は月を見上げた。
冷ややかな、それでいて中に激情を秘めている三成。
好きで好きで。
死んで欲しくない。遺言なんて、託さないで。
好きだなんて云わないで。
云って欲しいけど、云われたら。
終わってしまう気がする。
名前は視線を月から三成に移すと、
「お願い。託したりなんかしないで・・・三成らしくない」
静かに頬を濡らした。
「負けるとは思えんがなって、いつものように云ってみせなさいよ」
「名前・・・」
漸く、三成は名前の想いを知る。
名前は、本当に俺を好いていてくれているのだ。
だから、受け取らないのだ。
死なないで。
傍に居て・・・言葉に出さなくとも感じられる、名前のいじらしく、切なる願い。
女々しいのは俺か。
三成は口元を緩めた。
縁側から立ち上がる。
名前に近付いて、浮かぶ涙をそっと拭ってやった。
涙で濡れた指で懐の紙をまさぐる。
遺言。
愛する名前に差し出した想い。
三成は再びそれを取り出すと、
―ビリッ
と、名前の前で破った。
粉々に千切る。ひらひらと風に飛んでいく紙吹雪。
「託すものか・・・」
死ぬ事を考えるな。
名前と生きる事を考えろ。
今、俺の前で泣く名前。
愛しい人の元へ帰る事を。
再び共に桜を見る夜を。
告白してはならない。
代わりに、三成は名前の唇に自分の唇を重ねた。
されるまま名前は受け止める。
優しく触れる三成の唇。
好きな感触。
それが紡ぐ言葉。
「俺が敵に負けるとは思えん」
いつもの三成だ。
愛されたいと願う三成だ。
愛している三成だ。
「名前、お前はどうだ?」
「馬鹿にしないで」
名前は不敵に笑ってみせた。
「帰って来てみせるわ」
三成の元へ。
名前の元へ。
愛する人と過ごす夜を、これきりにはさせない。
三成はいつもの、戦に発つ前と同じように。
名前を畳の上に組み敷いた。
荒々しく唇を重ねる。
「んっ・・・ふ、ぅ・・・」
―クチュ
と、舌を差し込みながらさっさと帯を解いていった。
直ぐに名前の肌が露になる。
膨れた胸。
括れた腰。
「三成・・・」
呼ぶ声。
「名前・・・」
愛している・・・三成は心で呟くと、
―ピチャッ・・・クチュクチュ
首筋から愛撫をし始めた。
舌を這わせてなぞる。
鎖骨。胸元。
頂。
腹。
順々に這う三成の舌に、
「あっ・・・ぅん・・・」
ぴくりと反応する名前の体。
三成の想いを知る故に拒む名前。
それでいて、その想いを受け止める名前。
「あぁん、あ・・・三成・・・」
求めて喘ぐ。
三成の愛撫に肌が色付いて来た。
秘部が濡れるのが分かる。
腰が自然と揺れてしまう。
三成はそんな名前に口の端を吊り上げると、
―クチャッ
躊躇いなく指を挿れた。
「あっ・・・!やぁん・・・」
「嫌ではないだろう。十分濡れている」
そう云って指を掻き交ぜるように動かす。
―クチュクチュクチュ・・・チュクッ
響く水音。
溢れ出す蜜。
二本に増やせば更に溢れた。
感じている。
もっともっと喘げ・・・三成は出し挿れを激しくする。
「ひゃ、ぁぁん!駄目ぇ・・・あんっあんっ・・・」
「安心しろ。明日に響かないようにはしてやる」恋人ではないのだ。
そんなに激しくする必要もない。
だが、所有印は必要かもしれんな。
そう云って三成が名前の下腹にきつく吸い付いた。
「あ・・・あぁんっ!!」
赤い跡が残る。
甘い跡。
二人だけに分かる跡だ。
名前は走った痛みに幸せそうに微笑む。
「そう、ね・・・恋人の関係ではないもの」
でなければ。
こんなに、幸せな気分になれない。
「ああ、だからこそ」
それを望む想いが生きる糧となる。
未だ、云っていない。
だから、死ねない。
託してはいけない。
帰らなければ。
そう思わせる。
「名前・・・」
「三成・・・」
交わす視線。
愛している・・・言葉に出せない想い。
三成はゆっくりと名前の秘部に自身を宛がって云った。
「次はいつだろうな」
お前にこんな事が出来るのは。
―ズプッ・・・ズズッ
「あっ、んんっ・・・帰って来て直ぐ・・・かしら?」
「楽しみだ・・・」
ゆるゆると動き始める三成。合わせて名前の腰も揺れた。
―グチャッグチャッグチャッ、クチュクチュ・・・ヂュポッヂュポッ「あぁんっ、あんっ・・・あんっ・・・あっあっ・・・」
「っ、は・・・良い締め付けだ・・・」
「三成・・・そこは、っ・・・」
と、名前が白い喉を反らせる。
良い所に触れたか・・・三成はそこを重点的に突き上げた。
―ズッズッ、ズプッ・・・グチュッグチュッグチュッ
額に汗が浮かぶ。
前髪が不快だ。
名前の顔がよく見えない。
三成は掻き上げて更に名前を突く。
―キュッ
と、名前が一際、強く三成を締め付けた。
三成も来たるそれを感じる。
「ぅ・・・ん、三成ぃ・・・あぁ・・・っっ」
「っく・・・名前」
びくびくと体を震わせた名前に三成は白濁を放ち、二人で果てた。
幸せだ。
―チュッ
三成はぐったりとしている名前の頬に口付けて云う。
「・・・寝ろ。今夜はここ迄だ」
「うん・・・」
名前が微笑んだ。
月が真上を過ぎる。
桜が部屋に舞い込んで来た。
穏やかな寝息が聞こえる。
三成は小さな声で囁いた。
「愛している、名前」


翌朝。
三成は陣羽織りを纏い、馬上に居た。
腹を蹴って進み始める。
同じようにして、後ろを名前がついて来た。
やがて、戦場が見えて来る。
「三成」
と、名前が手を差し出した。
三成は、暫く躊躇った後、
―パシッ
「またな」
それを叩き返した。
「ええ、またね」
云ってそれぞれの持ち場に向かう。


「恋の告白」は。


全てが終わってからだ。
今は、それを願いながら。
共に戦場を駆けよう。



櫻の樹の下にはの櫻様より

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