「三成様」

「‥‥‥‥」

「ねぇ、三成様?」

「…なんだ」

「いえ、何でもございません」

「だったら呼ぶな。鬱陶しい」




はて。

この男が不機嫌になっている理由は何だろう。



太陽も南を越した申の刻。
書状と睨み合う三成様がそろそろ一息つきたい頃だろうと、いつものように茶と菓子を盆に乗せ持って行った。

ところが、いつもなら切りが良いところで筆を置くのに、今日は一向に仕事をやめる気配がない。

手が離せないほど忙しいのかと思い尋ねてみたら、「いつもと変わらん」と返ってきた。

若干言いたくなさそうな顔はするものの、茶と菓子を持って行けばいつもならお礼を言ってくれる。

けれど今日はそれすらなくて、返ってくる言葉がいつも以上に刺々しい。



「三成様、何をそんなに怒っているんですか?」

「別に怒ってなどいない」

「じゃあそろそろ休憩にしたらどうですか?今日の菓子は特に美味しいですよ?」

「いらぬ」




こんなふうに不機嫌になるときは、たいてい私が原因であることが多い。

私のせい、とかではなく、私が何気なくやったことが、たまに彼の機嫌を損ねさせるのだ。

今回は何が原因だろう。



少し時間を巻き戻してみる。





昨日は私の誕生日だった。

幸村様、兼続様、左近様、そして三成様と、いつもの仲間が祝ってくれた。

幸村様と兼続様にそれぞれ可愛い贈り物をもらって(兼続様はおまけに義と愛について三成様の扇子が飛んでくるまでたっぷり語ってくれた)、そして左近様には一升瓶の日本酒をもらった。



「こんなの飲めませんよ!」

と思わず言ったら、


「これくらい飲めなきゃいい女にはなれませんよ。ま、俺が飲みたかっただけなんですがね」


と笑って言って、左近様は日本酒の蓋をきゅぽんっといい音を響かせて開けた。

まあ一杯と言われ盃にそそがれたお酒を飲んだ。

最初こそむせたものの、思ってたよりも飲みやすくて、左近様に勧められるまま何杯も飲んでしまった。


記憶が飛ぶほどではないが、だいぶ酔ってしまった私は、いい時間にもなっていたし三成様に付き添いを頼んで自室に戻った。そして今日を迎えたのだ。


何か問題があるだろうか。

「あの、三成様。私、何かしてしまったんでしょうか?もしそうなら教えて頂きたいんですが」

「女中の指図は受けん」

「じゃあ、恋人としてお願いします。教えて下さい、三成様」

「‥‥‥‥」



しばらくして、三成様が筆を置きこちらに向き直った。私も彼のすぐ目の前に座り直す。




「お前、なぜ昨日部屋までの付き添いを左近に頼んだのだ?」

「え?」

「左近は面白がってさっさと連れて行くし、兼続にまで同情されたぞ俺は」

「…う、嘘でしょ?」

「嘘ではない」



少し冷や汗をかきつつ、もう一度昨日のことを思い出してみる。
けど、私の隣にいるのはやはり三成様。

どうやら、お酒の力で記憶がだいぶ捏造されてしまったようだった。



「あの、私…三成様だと思って…ご、ごめんなさい」

「まあ久しぶりに酔っていたんだから仕方ない。けど問題はそこではない」

「え?違うんですか?」



目を丸くすると、三成様はあからさまに顔をしかめた。

「なぜ名前の祝いの日にあいつらと集まらねばならんのだ」

「え、だってその方が盛り上がるし…」

「まさか…お前があいつらを誘ったのか?」

「それは、違います。確か兼続様がやらないかって…それで」

「断れ、馬鹿者」



と、拗ねたように言う三成様を見て、だんだんと彼の言わんとすることが分かってきた。



「わがままなんですね、三成様は」


ついつい綻んでしまう顔で言うと、


「悪いか」


と、兼続様の時よりずっとやわらかい扇子がおでこに飛んできた。




春望

END



『stellar-ステラ-』のモノ様より

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