吉継様ー
そう呼べたらどれだけ良いか…
私はただの臆病でただの妹のような存在なだけだからー
「…名前」
「吉継兄様、いらしてたんですか」
「あぁ、三成に呼ばれてな」
「兄様なら先程お庭におられましたよ」
「そうか」
屋敷の廊下を歩いていると声をかけられた。
吉継はその返答にふむ、と顎に手を添えて考える体をし、もう一度視線を名前にあわせる。
「ここにいても仕方あるまい。行こうか」
「…え?」
「ん?行かないのか?」
「私も…ですか?兄様は吉継兄様に用があるのでは…」
「何、茶を飲みに来たんだ。名前もいた方が私も嬉しい」
ほらほら、と手を掴んで庭へと進む吉継に呆気にとられながらついて行く。
私の気持ちなんて知らないのに吉継はいつも期待させるようなことを言う。
(でも結局、私は"妹"に過ぎないのよね…)
以前名前は三成と吉継が話をしていて「あぁ、もちろん名前は私にとっても妹同然だからな」なんて言っていたのを聞いてしまった。
思わず溜め息をつきそうだ。
実際さっきまでも何度かしてるわけだけど…
前を行く吉継は名前のそんな様子に気付かないままで、庭まで来た。
「三成!」
「あ!よしつ…ぐ……痛ぁ!」
「…何してるの兄様……」
「だってこの猫可愛くないか?」
「いや可愛いけど…」
二人が庭先で見たのは猫に引っかかれる三成だった。
「全く…君は本当に変わらないね」
「そんなことはないぞ!…多分」
「猫ーおいでー」
「なんでいつも名前には懐くんだ」
「兄様は馬鹿だからじゃないの?」
「ば、馬鹿馬鹿言うなっ」
「はいはい」
静かに笑う吉継とむくれる三成、すっかり猫に懐かれた名前。
三人は猫が去るまで、しばらくそこで談笑していた。
その後いつも通りにお茶をした吉継は帰っていった。
「これ…吉継のじゃないか?」
「…吉継兄様の忘れ物?」
「らしいな」
吉継を見送ってから茶室に戻ると上質な手拭いが一枚。
それはどうやら吉継の物らしいのだが、
「名前、悪いが吉継のとこまで届けてきてくれないか?」
「へ?」
「俺はこれから左近と話があって行けないんだ…頼めないか?」
そういうことならと、引き受けたが吉継の屋敷に行くまでの間ずっと緊張していた。
屋敷に着くと昔からの馴染みなのですぐに吉継の部屋へと通される。
「吉継兄様、お忘れ物です」
「わざわざすまない。ありがとう」
「いえ、当たり前のことです。お気になさらないで下さい」
お互いに微笑みあい、和やかな雰囲気が漂う。ふと、吉継は侍女に茶の準備をするよう命じる。
「ああ、折角だ。茶でも飲んでいくと良い」
「ではお言葉に甘えて…いただきます」
茶を飲みながら他愛もない事を話して一息吐くと吉継が目を細めながら言った。
「こうして二人で話をするのは久し振りだな」
「そうですね…」
「ふふ、名前もすっかり大人になったな。前まではどこに行くにも三成か私と共でないと行けなかったと言うのに」
「もう、それは昔の話です!」
「ふふ、すまない。随分愛らしく、しっかりとしたおなごに育ったな」
「それは私がまだまだ幼い容姿に見えるということですか?」
ぷーっと頬を膨らませ不機嫌を装って言えば、吉継は笑いながら謝罪する。
「そろそろ名前も嫁いでしまうような歳なのかと思うと感慨深くてな」
「私にはまだ早いですよ…」
「三成が縁談の誘いが増えてきたと嘆いていたよ」
「え……そんな話一度も…」
「あぁ、三成はまだ側にいて欲しいからと全部断って黙ってたらしいからね」
名前は吉継から縁談という言葉を聞いて落ち込みかけたが、次の言葉には瞠目し吉継を見つめた。
吉継はそんな名前に気付いたのか、「ん?」と首を傾げ続けた。
「私も名前にまだ側にいて欲しいと思っているが、名前は早く嫁ぎたいかい?」
「私は…私も、まだ兄様や吉継兄様と一緒にいたいです。嫌です…嫁ぎたくなんかないです!だって、だって私は…」
まくし立てるように言ってる途中で止まる。
その双眸からは涙が溢れる。一度出てしまうとなかなか止まらないもので、名前は下を向いた。
吉継は手を延ばしかけたが、ただ見守るしかできなかった。
「…好き、なんです……吉継兄様が…好きです…」
「名前…」
「わかってます。吉継兄様は私のことは妹としか思ってないこと、わかってます」
「私が話してたのを聞いていたのかい?」
こくりと頷く名前に、一つ息を吐いて話す。
「私と三成は先の名前の縁談の話をしてたんだ」
「…?」
「三成が名前は大事な妹だから、確実に幸せに出来る男じゃないと認めたくないと言っていたんだよ」
「それと…何の関係が?」
吉継の話の意図が読めない。何を言っているのだろう。
「その為に私にも協力して欲しいと言われたから、そう答えた…あの時は私の方が名前に兄としてしか見られてないと思っていたからね」
「うそ……」
「私が嘘を言っているように見えるかい?」
そう言った吉継は嘘を言っているようには決して見えない。
だとすれば…
「じゃあ、つまり…?」
信じられない。夢でも見ているのだろうか。うまく思考が纏まらない。ただ茫然と吉継を見つめる。
そんな名前に吉継は微笑むだけで答えをくれない。
「おいで」
言うとおりに目の前に座り直す。だが、吉継はくすりと笑うと両手を広げ、
「もっと近くに」
「え、でもこれ以上……きゃ?!」
不思議そうな名前の腕を掴み己の胸に凭れかけさせる。
「あ、あの…吉継兄様……」
名前は頬を染め再度問おうと上を向く。
一瞬何が起きたかわからなかった。顔を上げたら視界は暗く、唇に何やら暖かいものが…
「……?!」
口付けられていた。ただぼんやりと頭が理解をしていた。
気付いたときには唇はもう離れていて、眼前いっぱいに広がる吉継の悪戯っぽい笑顔があって、それがもう一度近付く。
また口付けられるかと思い、ぎゅっと目を瞑るが予想と違い、吉継の唇は名前の耳元へと運ばれた。
「ふふ、もう兄様と呼んではいけないよ?」
その言葉に目を見開き吉継を見上げると、微笑んでまた口付けられる。
名前は恥ずかしげに目を伏せ、首筋まで真っ赤に染めた。
呼んで
20090306