今まで、ありがとう。
黒いボールペンで書かれた文字は、少し右肩上がりだった。 几帳面に高低さが揃えられ、日本語の決まりよろしく漢字だけが少し大きい。 安物のボールペンで書いたにしては、うまく書けている。 万年筆なんかで書くより、ずっといいと思った。 まあ、うちにそんな高級なものがあるわけないけれど。 薄い紙片の横には、紙と垂直になるように鍵が置かれている。 もう冷たい金属を拾い上げて握りこんだ。 そうして、もう一度紙片を見る。
『今まで、ありがとう』
短い文章だった。 でも、その短い文章の中には他人には知りえない、俺と彼女の長い時間がある。 ここまでの道のりをほのかに匂わせて、それでもこれで終わりだと言わんばかりの彼女の最後の置手紙。 俺にはどうすることもできなくて、手の中の金属が熱を帯びていくのをただ黙って感じていた。
hired by ジューン <置手紙>
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