今の俺は、人間としてあるべきものが欠落している。
記憶だ。
俺が誰なのかも、どうしてここにいるのかも思い出せない。
でも、腹が減っていることだけはわかっている。
だから、俺は記憶がないのにも関わらずパスタを作っている。
バジルを混ぜただけの簡単なやつだ。
記憶がないことに気付いたのは、ついさっきだ。 目が覚めたら記憶がなくなっていたのだ。
薄暗い部屋に、光が波打っていた。
ザー、ザー、という音に合わせてうねっている。
俺は、何をしていたんだっけ。
妙にぼんやりした頭で考えた。
俺の体は力が抜けて、ベッドから落ちていた。 毛布が申し訳程度に体に巻きついている。
光と音の正体はテレビだ。 砂嵐が怒っているかのように鳴いている。
ぼーっと、テレビを眺めた。
何かを見ていた? いや、何も思い出せない。
必死で頭をひねっていたその時、俺の腹からまぬけな音が響く。
何も思い出せないというのに、空腹だけは覚えていたらしい。
俺は毛布をはねのけて、キッチンへ向かう。
おいしいパスタでも作ろう。 そうしたら、何か思い出すかもしれない。
記憶の抜け落ちた俺は、こうしてキッチンの電気を付けたのだった。
hired by ジューン <ビデオと空腹>
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