願望 雪が降ってた。 外は寒くて、息が真っ白だ。 耳に当たる風は冷たくて、肉の薄い部分からなくなってく感覚がする。 目の前を歩いていく背中は、決して私とは並ばない。 黙々と雪に足跡を付けていく。 「寒い!」 彼女が叫んだ。 街灯がスポットライトみたいに見える。 彼女は、さながら白い舞台の上で台詞を吐く役者だ。 「寒いね」 別に話しかけてもいなかったのだろうが、私が返せば彼女が振り返る。 目が合った。 けれど、何も言わなかった。 言えなかった。 今日、雪が降ってくることを知っていて、遠くへ誘った。 私には下心があった。 そんなに大袈裟なものじゃない。 ただ、この雪の中並んで歩いて、彼女の手を繋いで、ポケットへと誘って……。 それだけだ。 でも、いざ実行となると、なかなかできないものだななんて思ったのは今日で何回目か。 彼女がまた元のように前を向いてあるきだす。 スポットライトの下から出て行く。 足跡だけがくっきりとその場に残っていた。 光の先へ消えていく。 街灯から注ぐ光が、紗幕のように私と彼女を隔ててしまった。 「手を、 」 小声で呟いて、ポケットの中で拳を握る。 予定なら、彼女の手が入るはずだったポケットは、未だ彼女の熱を知らず冷え切ったままだった。 ← * → |