HIKARI 仲間に聞けば、彼女は相当の悪女らしい。 でも、そんなこと関係なかった。俺には、彼女が全てなのだ。 昼間の暑さも翳り、辺りは闇が支配する。 田舎にある唯一のコンビニ。俺はそこで毎晩仲間とたむろしていた。 話すことはくだらないことばかり。 それでも、一人でいるよりかはマシだ。 「おい、このエロ本見たかよ。最近出てきたAV女優なんだけど、もう唇がハンパなくエロい!」 「マジか!?」 地面に座り込み、アオカナブンたちが雑誌に釘付けになっている。 俺はそれを横目で見ながら、タバコの煙を吸い込んだ。 「おい、アカスジ。どうした?最近元気ねえじゃん」 「ああ…まあな」 ケンモンミドリキリガが俺の横に腰を下ろした。 ケンモンは、この辺じゃ一番のおしゃれさんだ。緑色のヘッドが眩しい。 こんな派手なナリをしているが、俺の一番の理解者でもある。 「お前、まさか…まだあの女のこと気になってるんじゃねえだろうな」 俺の視線がどこを向いているか気付いたのだろう。 ケンモンの目が「正気か?」と俺に問うている。 「しょうがねえだろ。あんな綺麗な女は見たことねえ」 彼女を初めて見たときの衝撃といったらなかった。 たぶん、隕石がぶち当たったような感覚だ。 青白い肌。妖艶な微笑み。柳みたいにしなやかな手が、俺を手招いていた。 ケンモンが止めに入らなきゃ、俺は多分あの時彼女のところに吸い寄せられていただろう。 どんな地衣も、樹液も、食草も彼女には勝てない。 「俺は、あの女に惚れちまったんだよ…」 今も彼女は悠然と髪を梳かしながら、言い寄る男共をその手管でメロメロにしてる。 悪い虫がつくんじゃないかと心配でたまらない。 「なあ、アカスジよ。そりゃ、恋じゃねえ。こんな田舎で初めて見た別嬪さんにのぼせ上がってるだけだ。現実を見ろよ」 わかってるよ、ケンモン。 彼女に近づきたいって思うのは、俺たちの性だって言いたいんだろう? 目が眩むほどの光を放つ彼女に、錯覚を起こしているって言いたいんだろう? でも、それだけじゃ説明がつかないんだ。 この胸の高鳴りには。 「すまん、ケンモン。お前の気持ちはありがたくもらっておく。でもな……」 「お、おい!アカスジ!早まるんじゃねえ!」 俺は白と赤の特攻服を羽織る。 ケンモンの制止を振り払うと、風に乗るかのように駆け出した。 特攻服がまるで鳥の羽のように軽やかに膨らみ、俺はこれまでにないスピードで彼女へと手を伸ばした。 「男には、勝負時ってモンがあるんだ。欲しいって決めたモンには、全力で突っ込む!!!ウオオオォォォォッ!!!」 彼女は俺に気付いた。 そして、あの寒気がするほど整った顔で、俺に笑いかける。 嗚呼、俺はその笑顔が見れただけでもう死んでもいいって思えるんだ。 「アカスジ!!」 後ろでケンモンの声が聞こえた。 「ようこそ、青い楽園へ」 それをかき消すように、形のいい彼女の唇が動く。 ようやく焦がれていたものに触れられる愉悦感が俺を満たした。 彼女の伸ばした手をつかんで、強引に引き寄せる。 そして、俺は、女にキスをした。 体中に電流が走るのがわかった。 「グ…ッ、ヴアアアアアァァァッ!!」 俺に、悔いはない。 「アカスジイイイィィィッ!!」 ケンモン、お前はバカだって言うかもしれないけど、俺は最高に幸せだったよ。 「あーあ、ついにアカスジのやつ誘蛾灯にひっかかりやがった」 「バカだな。あの青い光ってやつは、そんなにいいモンなのかね」 俺の散り行く姿を見て、アオカナブンたちがエロ本から目を離す。 お前たちは、不幸だよ。あんなに強い衝撃を体験できないなんて。 「おま…えは、この世で最高の女…だ……」 霞んだ視界の中に浮かぶ青白い光にグッジョブとサインを送って、俺は意識を手放した。 Submitted to monogenome 【夏の風物詩擬人化/蛾と誘蛾灯】 ← * → |