川底の泥








当てのない旅は疲れたと、男は言う。
おいおい、旅好きなお前がそんなことを言うなんてどうかしてしまったんじゃないのか。
船は揺れ、光さえ射し込まない嵐の中で男は沈むように床へ倒れこんだ。
疲れているんだよ、お前。
言ってみても駄目だ。男は貝のように動かない。
眼が落ち窪んで、まるで骸骨のようだ。低い天井から下がる心許ない洋燈の光が、余計男をそう見せている。
なあ、旅を続けよう。当てはないが、楽しかったろう、今まで。
男は閉ざしていた目を急に開けて、ぎろりと俺を睨んだ。
「時間を無駄にしただけさ。」
まるで、今までの男とは違う。何が男を変えてしまったというのか。
暗い海の中を、ただただ彷徨っているからそう思うだけだ。きっと嵐が止んだら、男は旅を続けるに違いない。
そうだろう、そうだと言ってくれ。
嵐の海の真ん中で、俺と男は漂う。
俺はぎしぎしと悲鳴を上げる。操舵を失えば、俺はただの木屑と一緒だ。

旅を。

俺の願いはただ一つだ。
それなのに、男は息をしているのか、いないのか。
もうぴくりとも動かない。
まるで、川底の泥のようだった。
男の身を黒い何かが覆っている。
俺はその正体を知っている。
絶望だ。
俺は、何も言わず男を見つめる。
それしか、できないからだ。
俺は男が旅をすることでしか存在が確立されない。
だから、じっと息を殺して待つばかり。

もう一度、男が旅を望むその日を。





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