shirokuro そして、目は見えなくなった。 耳も聞こえない。 口は動かず、手足もあるのかわからない。 それでも、僕は意思を持ってここにいる。 少し前に遡る。 母と呼ばれたその女は、僕を椅子へと縛り付けてこう言った。 「いい子にしなさい」 だから、僕は祖父の大事にしていた樫の木でできた椅子に、麻の縄で縛り付けられながらただ笑っていなければならなかった。 激しい、地底が爆発したような音がして、母はその日いなくなったのだけれど、僕が樫の木でできた椅子から離れることはなかった。 麻の縄は、いつの間にか解けていた。 でも、僕はやっぱりその椅子の上から動こうとは思わなかった。 牝牛の群れが逃げていく。 草原の丘の向こう側へ。 そこに彼女たちは天国を見たのかもしれないけれど、実際は吐き出したくなるような熱さで焼かれた、真っ黒な大地だけしかないことを僕は知っていた。 焦げた臭いがして、牝牛の逃げた方角からたくさんの群集が押し寄せる。 泣き叫ぶ者、笑う者、躍る者、戸惑う者、喚き散らす者。 彼らがどこに逃げていくかは知らないけれど、きっと彼らの目指す先は楽園なのだろう。 一様に足並みをそろえているのだから。 僕の顔に、雫が当たる。 額、鼻筋、頬。 やがて、全身に降り注いだ。 鉛を喰ったような色をして、雲が泣いている。 僕は何もしてやれない。ごめんよ。 果たして、雲に届いただろうか。 目を閉じる。 全身に当たる雨は、僕を何か別のものへ変えてくれそうな気がした。 指先が樫の木に触れる。 もとは、椅子ではなく聳え立つ樹であったはずのものだ。 焼け焦げた大地は緑豊かで、人々は平穏に暮らしていたのだろう。 母は僕を愛していたし、僕も母を愛していた。 見晴らしのいい農場に、僕が生まれた。 もとは、母と父が暮らしていた場所だった。 廻って行く。 永遠に続く、生命の円環の第一歩になるであろうそれを、死んだ牝牛の目が静かに見ていた。 そして、 ← * → |