ヒーローだって恋をする 俺は、こう見えてもヒーローだ。 地元のヒーローとか、そんなんじゃない。 悪の秘密結社から、この地球を救っているのだ。 そんな俺にも秘密はある。 俺は、晴れた日の午後1:30からヒーローじゃなくなる。 ヒーローにも、昼休みは必要だろ? とある、8階建てのビルの屋上。 周りに遮蔽物のない、抜群の昼寝スポット。 お日様の熱で温められたそこで、俺はある人物と昼寝をする。 その相手こそが、俺のトップシークレット。 原・グロース・血影。悪の秘密結社の総帥だ。 今日もそのビルに行けば、血影はその艶やかな黒髪に太陽の光をたくさん集めて眠っていた。 これが、悪人だなんて。 どうして、神様は血影に悪い心を植えつけてしまったんだろう。 俺は背中につけたマントを外して、血影にかけた。 少し身じろいだが、よく眠っている。 午前中は、秘密結社の幹部と戦闘をしてきた。 都市の中心部に、爆弾をしかけようとしていたのだ。 もしそんなことをされたら、被害の規模は想像するだけでも背筋が凍る。 必死の思いで阻止して、それから血影を想った。 血影はなぜこんな悪いことをするのだろう。 天才科学者の血影。 血も涙もない、悪の総帥。 その名を聞けば、誰もが逃げ出す。 本当の血影は、こんなにかわいいのにね。 黒い、少しカールのかかった髪。 指どおりは滑らかで、猫でも撫でているようだ。 研究室から出ないせいで、肌は透き通るように白い。 睫毛は長くて、人形のよう。 俺がヒーローの昼休みを作ったのは、血影のためだ。 血影と一緒に過ごすためだ。 きみは、そんなこと知らないだろうけど。 血影の、桜貝のような色の唇から、ふっと短く息が吐き出される。 睫毛が震えて、春の穏やかな湖水のような色の瞳が覗く。 淡く透き通った硝子玉のような瞳に俺が映るのを見て、俺は俺達を取り巻くすべての環境を投げ出したくなる。 この昼下がりが、いつまでも続けばいいのにと願ってしまう。 「……今、何時?」 「もうすぐ2時だよ、血影」 もうすぐ、2時。 短い昼休みはそろそろ終わりだ。 2時になったら、血影は悪の総帥に戻る。 俺もヒーローに戻る。 「ねえ、血影」 今日は2時になる前に、君に言ってみよう。 俺と君の関係は、ヒーローと悪者じゃなくて、もう少し別の形に変化させるべきだと思うんだ。 だから、2時になる前に。 俺がヒーローに戻る前に、君に。 「ねえ、血影。君に伝えたいことがあるんだ」 ← * → |