8

「何の匂いだ?」

エースがぴたりと止まり首を傾げた。着物を無遠慮にまさぐっていた手も停止する。それに安堵する一方疼くように身体は熱を持って脈打つ。慌ててエースの気を逸らそうと、話にのる。のりながら、乱れた着物をさりげなく整えた。

「匂い?どんな?」

「ちょっと待ってろ……。……これだ」

エースがオレの手をとる。意図がわからず首を傾げると、エースは顔を近づける。

「甘い匂いだ」

甘い……?

「あ、そうだ」

最初の衝撃で忘れていた物を思い返す。エースの手が離れたのをいいことに、文机の上から目当ての物をとる。包みがかさりと音を立てた。

興味深げに顔を近づけるエースの瞳に、蝋燭の火が映り込む。包み紙をそっと開けば、色とりどりの粒が現れる。エースが目を瞬いた。

「何だ、これ?」

「金平糖だよ」

「へぇ。やっぱり金持ちは違うな。そんなの初めて見た」

星屑みたいな紙の上の粒を感心したように見やって頷く。寝具の上に胡座をかいたエースは一つを摘み上げ、眺めていた。

「物珍しいかと思ってとっておいたんだ」

色とりどりの粒から数粒とって笑えば、エースは瞬きをする。そしておもむろにオレの口に手を近づけた。

「口開けろ」

「え?」

聞き返すために開いた口に指を突っ込まれた。親指と人差し指の二本が割り入ってくる。なにかが舌に転がる感触に小さな金平糖を押し込まれたと知る。口内の熱にじわりと甘味が溶けていった。

「ん、……」

金平糖を押し込むついでに、エースの指が口内を掻き回していった。音を立てて引き抜かれた指先は、オレの唾液で光っている。それをゆっくりと舐め上げて、意味ありげによこされた視線に赤面した。

一気に心拍は上昇し、顔どころか全身が熱い。口の中の甘さは高々一つにすぎないのに、まとわりつくようだった。

「エース……」

ドキドキとせわしない心臓に追い打ちをかけるように、腕を掴まれた。エースがオレの手にある金平糖に狙いを定めたのに気付くが、すでに手遅れだった。赤い舌が手の内の金平糖を転がすように這う。溶けた砂糖が手を汚すのを、舐めとるように舌が動く。指先から指と指の間まで舌は伝って、今度は指一本しゃぶられた。まるで指についた甘さ全てを味わうように、執拗に舐めとられる。

大げさな音がオレの羞恥を煽った。舌の感触に身体が震える。

「う…、あ」

「甘ェな」

エースが吐息まじりに零した言葉にすら、びくびくと身体が敏感に反応する。

オレの手から零れた粒を拾い上げて口に含んだエースは、唇を近づける。甘い舌が口内に入ってきた。熱に浮かされたような目でエースを見れば、獣のような目と目が合う。口移しのように甘さを分け合った。熱と甘さに思考が溶かされてしまったように頼りない。気づけば甘さを自分から求めるように舌を絡めていた。唾液までもが絡みつくように甘い。

「……ご馳走様」

口角をあげた笑みと一緒に唇は離された。後に残ったのは全身の熱と、乱れた息遣いだけ。

エースが頭上を指差す。

「ほらな」

そこには先ほどまでなかった狐の耳がぴんと立っていた。




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