びしょびしょになった髪が顔にはりつく。濡れた髪をかきあげたエースに、ふと息を忘れた。エースの髪から滴る雫が、顎を伝い落ちる。

「サボ」

エースがオレの顔を見て笑顔になった。その声と表情が既視感を呼ぶ。潮風が鼻をくすぐった。

無性に懐かしいくて、切ないようなごちゃごちゃした感情が湧いてくる。自分でも何故そんな気持ちになるのかは、さっぱりわからなくて。

ひんやりした手が触れて、ぼうっとしていたオレは肩を震わせた。

「そろそろ、かき氷買いに行くか?」

「う……うん、そうだね」

エースが自然にオレの濡れてはりついた髪をはらう。目が合いそうになって顔を伏せた。こういうことをされるたびにドキドキしてしまう。自分ではどうしようもないことだけど、エースは気にしていないようだから余計に恥ずかしい。

……やっぱり意識しているのはオレだけなんだよ、な……。

何度も思ったことだが今回は内心首を振る。いや、諦めてどうするんだ。せっかくここまで仲良くなれたんだから……。きっかけは突然だったけど好きだって気持ちは本物で、むしろどんどん強くなってる。そう簡単に諦められたら、こんなにドキドキしていない。

歩きだしたエースの隣を歩く。肩が触れそうな距離。この距離が自分に許されていることがどうしようもなく嬉しくて。

「エース……手、繋いで……いい?」

見上げたエースが目を見開いた。少し唇を噛んで逡巡する。意を決してその手をとった。自分でとった手の感触に、心臓が静まってくれない。

「サボ、あんまり可愛いこと言うなよ」

苦笑してよこされた言葉に動揺する前に、握った手の指を絡められた。
……所謂恋人繋ぎというやつで。それに尚更動揺する。からかわれているだけかもしれないけど、でも……。頭がまわらない。

ただエースの優しい視線だけが胸を焦がすようで。頬が熱い。真っ赤になっている顔を逸らすこともできずにエースを見ているしかない。

「……エースにしか、言わないよ。こんなこと」

ああ、言ってしまったと何処か他人事のように思った。

口から零れた台詞はわかりやすすぎるほどの好意を含んでいた。





オレの手をとったサボに目を見開く。さっきオレが手を引いたときにはすごく恥ずかしそうにしていたのだ。だからまさか自分から手を繋ごうとするとは思わなかった。

そっと顔を伺えば頬は赤い。恥ずかしくないわけではないらしい。つまりは恥ずかしくても、オレと手を繋ぎたかった、ということで。……ああ、本当に可愛いな、サボは。

「サボ、あんまり可愛いこと言うなよな」

そういうことばかり言っていると、オレがおかしな気をおこしたって知らねェぞ。オレは完璧なよい大人とは言い難いのだから。せめてサボにはよい大人であろうとはしてるけどな。

茶化すように言って指を絡める。サボの肩が大袈裟なほど揺れた。その動揺にひっそりと笑みを浮かべる。そういう反応をしてくれるから、ついついこういうことをしたくなるんだけどな。これくらいは許してほしい。

「……エースにしか、言わないよ。こんなこと」

呑気に状況を楽しんでいたオレは固まった。どう考えても今のはサボの言葉で、より赤く染まった頬がそれを証明している。オレは愕然とした。はっきりとわかりやすい好意を含んだそれを聞いて、サボの気持ちがわからないのは流石に鈍感もすぎる。

……サボはオレのことが好きなのだ。

いや、サボがオレを好いてくれているのはわかっていたけど。あれだけ可愛い反応をされればわからない方がおかしい。……ただ、恋愛感情であるとは思っていなかった。

あくまで懐いてくれているんだと。オレの気持ちがあるから、わざとそういうふうに思い込もうとしていただけかもしれないけどな。

……これは非常に困った事態なのではあるまいか。

オレはサボを大切にしたくて。だからサボが思い出さなくていいと思ったわけだ。そう、大切にしたくて。

オレはサボが好きだ。前世のサボが好きだからそうなのか、それとは別に今のサボが好きなのかははっきりしないところではあるが。何にせよ、好きだというのはかわらない。

……だけど。サボの気持ちは一体どういうものだろう。憧れじみたものだろうか。或いは単に微かに残った記憶からオレに惹かれているのかもしれない。それはわかりはしないけれど。

オレが”サボ”であるからととった近すぎるらしい距離感での行為がその思いを強めたというなら……それはよいと言えるのか。記憶のないサボに前のサボに対するようなつもりで接してしまっていたが為だというなら、全面的にオレのせいである。

……もう少し気をつけてもよかったのではないか。

オレはサボを大切にしたいのだ。まだ高校生のサボを、オレの気持ちだけで男同士の関係に引きずりこむなんて真似はしたくない。

……単なる気の迷いだ、と。サボの気持ちは、ちょっと憧れに毛が生えた程度だと。そう思い込もうとしている自分には気付かないふりをした。そういう意味では、オレも狡い大人だった。

「そりゃあ、嬉しいな」

明るい声音にサボが少し落胆したのが見てとれた。湧き上がる罪悪感。せめても、それがオレ自身への罰になれと思う。

……気付かぬふりをしてやることが、サボにとって一番よいはずだから。

「かき氷なんて久々に食ったな」

「エース、舌青くなってるね」

舌を出してみせればサボが笑う。さっきまでのやりとりをなかったことにするかのように。サボも楽しげな様子に戻っていて。……これでいい。

「オレもなってる?」

舌を出してみせるサボ。赤く染まった舌が覗いた。意図しないまま上目遣いになっている。

……めちゃくちゃエロい。本人自覚してないけど。

赤い舌に吸い付いてしまいたい衝動に耐えた。

……サボにはよい大人でありたいんじゃなかったのか……。これこそ正しい罰ゲームな気がしてならない。

「エース……?」

サボが首を傾げた。

「頭がキーンってなっただけだ、気にすんな」

……それだけならよかったんだけどな。

かき氷のせいにすることにして、頭を抱えた。



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