雲骸♀
融けてしまいそうです。
団扇で大きくあいた首元をぱたぱたと扇ぎながら彼女は零す。
その豊満な胸が作る谷間には、多量に分泌された汗がだんだんと溜まってゆき、そのうち池でもできそうな勢いだ。
「ブラジャーとったら?そんなに寄せてたら暑いに決まってるでしょ」
「それは僕のプライドが許さないんです…」
団扇で扇ぐのはいいが下着を脱ぐことは駄目らしい。よく分からないプライドだ。彼女らしいと言ってしまえばそうなのだが。
冷蔵庫に西瓜を冷やしていたことを思い出し、暑い暑いと譫言のように呻く彼女を縁側に残して台所へ向かう。
二人分を冷蔵庫から出し、残りは夕食後にでもまた食べようと思案しながら歩いた。
「骸、これ食べ……」
部屋に戻ると、暗い藍色の髪は畳の床に散っていた。
僕はらしくもなく驚いて、熱中症という言葉を脳裏に浮かべながら、仰向けに倒れている彼女のもとへ急ぐ。
「骸!?一体…」
「きょうや……」
あ、返事がある。
ほっとして彼女の顔を覗き込むと、虚ろな色に染まった赤と青はどことなく潤んでいた。
「暑くて暑くて……それで気づいたんですけど、畳の床ってこんなに気持ちいいのですね…すこしひんやりしてて……」
「……なんだ、びっくりさせないでよ…倒れたのかと思ったじゃない」
「倒れる寸前です……」
そんなことが言えるようなら全然大丈夫だろう。
少し笑って、西瓜を勧めようとしたところ、彼女はふいに手を虚空にあげた。
その人差し指はぴんと伸び、真っ青な空を指している。
「恭弥」
「なに」
「みて、あの雲」
彼女の白く細い指の先を目で追うと、そこには大きな白い雲。
入道雲だった。
「あれ……なんだかすごい雲なんじゃないですか?あんなに大きいの、はじめて見ました」
「あれはね、入道雲というんだよ。日本では夏の風物詩なんだ」
「ほぅ……」
彼女は目を細める。
確かになかなか立派な入道雲である。青空とのコントラストはなんとも言えず絶妙で、痛いほどに夏を感じさせられた。
「……恭弥みたいですね」
「…は?」
「恭弥はもっと小さいですけど」
そう言うと彼女はのろのろと起き上がり、焦点の合わない目のまま僕を見つめる。
じいっと見つめ返してやれば、へらりと笑った。
「どういう意味だい?」
「別に…そのままの意味ですよ?あ、西瓜もらってもいいですか?」
「そのままの意味?」
「いただきます」
聞いておいて返事をしないうちにさっさと食べ始める彼女。
僕はそんな彼女の言葉にとらわれて、釈然としないまま白い雲を眺めるのだった。
白い巨人
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お題メーカーで一時間くらいで書き上げたやつ