「ふんふんふーん…」
何が楽しいのか、鼻歌を口ずさみながらケーキを彩っていく彼。
昔ケーキ屋でバイトしていたというその腕は確かで、軽々とクリームを絞っているにも関わらず絞り口が通ったあとには綺麗な花が咲く。舌を巻かざるをえない。
「上手ですねぇ…」
「そう?でも昔はもっとね…って骸クン、あっちで待っててって言ったでしょ!」
ぐいぐいと背中を押され、やむをえずキッチンから追い出された。なんでも、ケーキはできるまでのお楽しみにしておきたいらしい。途中経過を見るのも中々楽しいと骸は思うのだが。
まぁ僕のためにやってくれてることですし、と自分で自分を宥めながらリビングのソファに座る。
点きっぱなしのテレビの向こう側は、珍しく静かなドキュメンタリー映画。騒々しい番組は好きではないから、とても嬉しい。
「誕生日なんだから、もっと明るいの観たら?」
ぼーっと眺めていると、いつの間にか背後に白蘭が立っていた。そのまま前にまわってきて、隣に座る。
「終わったんですか?」
「うん、まぁ」
「お疲れ様です」
「そんなことないってば」
照れたように笑う口元の端にはチョコレートクリームが付着していて、そっと食指ですくってやる。
笑顔のまま首を傾げる彼に人差し指を見せた。
「あ、ついてた?」
「気づかなかったんですか?」
「ありがと」
手を拭うためティッシュに手を伸ばすと、白蘭に手首を掴まれた。
何をするのかと彼の顔を見たら、そのまま掴まれた手首を唇に持っていかれ、
「ちょっ」
生温かく湿った舌の感触。
咄嗟に手を引っ込めようとしたがそのまま指先をぱくりと咥えられる。
指を咥えたまま白蘭はにやりと笑みを浮かべた。
「びゃく、んっ」
敏感な指先を吸われ、思わず身が竦む。その刺激に力が抜けてしまったところに指先を舌で弄ばれ、少しずつ息が乱れていく。
「ふふ、指って結構感じる?」
笑みを含んだ言葉に顔が熱くなるとともに、喋ったことで指先に歯があたって更にゾクゾクとした感覚が背中を駆け抜ける。
羞恥のあまり目をぎゅっとつむると急に指先から濡れた唇が離れていき、その代わりと言わんばかりに頬に手が添えられた。
「そんな可愛い顔しないでよ…」
誰がだ、と噛み付こうとしたが寸前で唇が重なりかなわない。
白蘭の口内にはまだチョコレートクリームの甘さがほんのりと残っていて、軽くくらりと酔いそうになる。
そうでなくともすぐに激しく舌で攻められ、呼吸困難でふわりとした感覚に陥ったけれど。
「……っは、ん…」
「骸クン」
唇を離してからも体は白蘭に抱きすくめられたままで、体温は離れない。
彼が首筋に顔を埋めているせいで、吐息がくすぐったい。
「あのね」
「…なんです」
「誕生日、おめでとう」
そのあまりにも真剣な声色がいつもの彼とは似ても似つかなくて、驚いて顔を見ようとしたがぐっと押さえつけられた。
こういうたまに幼いところが、微笑ましく、愛おしい。
「骸クンには分からないかも知れないけど、僕ね、骸クンにいっぱい助けられてきたんだよ。
骸クンが僕と一緒にいてくれてるから、笑ってられるし、幸せなんだ。
その内幸せすぎて死んじゃうんじゃないかって、思うくらい、ね。」
ぎゅ、と白蘭が抱きしめてくる力が強まる。
心臓は素直に跳ねた。
「骸クン、」
「…」
「好き、大好き」
「…、…」
「愛してる」
「……」
「好き好き好き好き好き好好き好き好き好き好き」
「あーもう、分かりましたからっ!」
今度こそ力を込めて肩を突っぱねようとすると、意外なことにもあっさりと白蘭は離れた。
先ほどの言葉もあり、どこか切なそうな表情に心拍数はどんどん上がっていく。
不意に見つめあっている事実が恥ずかしくなり目を逸らした。
「…ふふ、言葉じゃ、伝えきれないや」
「…そうですか」
「好きだよ、骸クン」
ちゅっ、と軽く頬に舞い降りたリップ音。
間髪いれず、囁かれる。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
くっと顎を取られ逸らした視線が結局交わる。
いつになく瞳が優しすぎて、胸が苦しくなった。
そんな胸の内が伝わったかのように、白蘭はにこりと笑った。
「フフ、そろそろご飯にしよっか。ケーキもそろそろ丁度良く冷えただろうし」
「…白蘭」
「ん?」
「その、…」
言いたいことは喉まで出かかっている。だが、最後の一歩を踏み出す勇気が、どうしても出ない。
言葉の先を促す白蘭の視線から逃れるように彼の胸元に顔を埋めた。そうすると、顔を隠した安心からか、するりと言葉が落ちた。
「ありがとうございます。あと…僕も、好きです」
次第に声が尻すぼみになってしまう。
伝わっただろうかと不安になり見上げると、
「…反則だよ」
「わ、」
後頭部を押さえられて再び白蘭の胸元に顔を埋める形になる。急に、白蘭の鼓動が耳に響く。それに加えて視界に一瞬だけ映った、彼の赤い顔。
やけに嬉しかった。
「…クフフ」
「何笑ってんの?」
「いえ、早くケーキを食べたいと思いまして」
「…あ、うん」
そうだね。自分に言い聞かせるような白蘭の言葉に笑みが溢れる。
この顔を見られたら拗ねられてしまいそうなので、足早にソファから立ち、キッチンに向かった。
「…美味しそうですね…」
「ちょ、まだ食べちゃダメだよ!?これは、ご飯のあとのデザート!」
「メインディッシュがこれでいいじゃないですか…」
「せっかく色々料理作ったのに…って涎垂れてるよ骸クン」
Buon Compleanno!
骸誕生日おめでとう
ずっとずっと、愛され続ける君でいてください。
あとギリギリになったのはマジごめん
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