甘い
「おや、お帰りなさい」
出張から白蘭が帰ってきたのは夜の1時を回ったところだった。
骸はベッドに腰掛け、本を読んでいた。
「わ、骸クン、待ってなくていいって言ったのに」
「待つな、とは言ってないでしょう。僕の勝手です」
「え」
骸が本を閉じ、白蘭を見やるとその頬が赤い。
訝しげになんですか、と聞くとなにやらうにゃうにゃ呟いて俯いてしまった。
恥ずかしかったらしい。
「白蘭それより、おみやげは?」
「え?あ、あぁ、チョコで良かったんだよね?」
今回白蘭が行ってきたのはベルギー、チョコレートの聖地。骸も行きたいと珍しくねだったが、スケジュールが急だったため一緒に行くことはできなかった。
その代わり、出発直前に白蘭はきちんと骸にチョコレートを買ってくる約束をしていった。
「これがブラウニー、こっちはミルクチョコ、あとこれは…」
「結構買ってきましたね」
「へへー」
「じゃあ早速」
手ごろな大きさのチョコをひとつとって、包み紙を剥いて口に放る。ついでに骸は白蘭にもくれてやった。
舌の上にじんわりとひろがる甘さ。
「おいしーい…」
「マシュマロよりもよっぽどおいしいですよ」
「そ、そんなことないもん!!」
「おや、これは?」
「あ、それ」
骸が疑問符を発しながら触れたのは口紅のようなもの。しかし骸の土産のなかに入っていたのだから口紅ではないだろう。
白蘭はおもしろそうに笑い、それを手に取った。
「これね、チョコレートのリップなんだって」
「チョコレートの?」
「うん、面白いでしょ?」
いいつつ白蘭はキャップを取って、くるくるとまわして美味しそうな色の棒を出す。
「味は分かんないけど、多分おいしいんじゃないかな」
「まあ売られてるくらいなら大丈夫でしょう」
「ねえ、せっかくだからさあ、これつけて僕にキスしてよ!」
途端に骸の顔がしらける。
あまりの変容ぶりに白蘭は頬を膨らませ、けち、と呟いた。
しかし白蘭がリップをテーブルに置こうとすると骸の指がそれをつかんだ。
「なに、やっぱ興味ある?」
「チョコレートは好きですから」
そのまま食べる気かこいつ。
更につまらなくなって白蘭は骸に背を向けて、一番おいしそうなチョコレートを食べてやろうと目移りしながら選び始めた。
すると、骸が白蘭、と名前を呼んだので白蘭は振り向かない訳にもいかず(断れるわけがない)先ほどの怒りを忘れてなあに、と振り返ってしまった。
そう、しまったのだ。
振り向いた瞬間、骸の左手ががっしりと白蘭の頬をつかみ、固定して、右手が白蘭の唇へとのびる。
右手には例のリップが握られていた。
「え、むく」
「黙ってなさい、大人しくしてなさい」
呆気にとられた白蘭を気にもかけず、プロのような手つきで骸は白蘭の唇をチョコレートで彩る。
まんべんなくチョコレートが塗られると、骸は白蘭の後頭部に手を回し、顔を近づけ、
「―――っ」
急で、しかも激しい。
すぐに白蘭の限界は来て、白蘭は骸の胸板を弱々しく叩いた。
そこで唇が離され、ふたりの視線がかちあう。
潤んだ目。
待ちきれない、とでも言わんばかりに骸はもう一度白蘭を抱きしめ、今度はゆっくりと、なぶるように唇を貪る。
白蘭の両手もおずおずと骸の背中をつかみ、シャツに皺をつけた。
「――はぁ、う」
やっと解放され、赤い顔をした白蘭はよろよろと倒れそうになったが、それをなんとか骸が捉えて支える。
「も、いきなり…!!」
「やはり本場の名は伊達じゃありませんね」
骸がぺろりと名残惜しそうに唇を舐める。
白蘭はそれを見てまだ朦朧としている頭のすみで色っぽいなあ、と思った。
「てゆうか、さっき、嫌って…」
「言ってませんけど」
「そうだけど、でも!」
「美味しいものは美味しく頂く主義なので」
まだ白蘭の唇の端に残るチョコレートを舐め、骸は艶やかに笑った。
それを見た白蘭がさらに赤面したのはいうまでもない。
「…今日はもう寝れなそうだね」
「疲れてるんだったら配慮しますが」
「うそ、押し切るくせに」
もう一度自然に唇が重なった。
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テレビでやってたチョコリップが美味しそうでおいしそうで…