セレナーデ | ナノ




ごそり、と衣擦れの音を聞いて瞼が開いた。

それと同時に感じた、潜めた気配。



寝返りを打つと、暗闇の中にぼうっと浮かび上がる白が見えた。


「―――あ、起こしちゃった?ごめんね…」


白蘭だ、と理解するまでに少しの時間を要した。


「いえ、お疲れ様です。…お帰りなさい」

「骸クン、隣、いい?」


もう入ってるくせに。
そう思ったが口には出さず毛布を広げて、彼を歓迎した。
ひゅっとした冷気と共に彼の温もりを感じる。


「うー、あったかい」


隣で目を細めて笑う彼を見て、ああ、この笑顔が見たかった、と思った。

ここ最近、白蘭は仕事が多忙で、何日も顔を合わせられない日々が続いている。
確か最後に逢ったのも3日前の…こんな夜だった。
一日一日が長く感じられて、限界が訪れそうな頃を見計らったように、白蘭は来る。


「久しぶりだなー、やっぱ骸クンと一緒の方が落ち着く」

「そりゃあ、執務室のソファで寝るよりはましでしょうけど」

「中々快適だよ、高いだけある…って、
 そうゆうことじゃなくて!僕が言いたいのは骸クンがいてくれればそれでいいってこと!!」


仕事漬けじゃなかったのかこいつ、なんでこんなに元気なんだ。
一瞬そう思ったが、すぐに目の下に浮かんだくまを見て切ない気分になった。


「あ――、僕、骸クン不足だ…」

「末期ですね、そんな症状はありませんよ」

「うん、骸依存症末期患者」

「寝ぼけてるでしょう、貴方」


いつだって骸クンが足りないんだよー、だとか言いながら抱き枕のように腕の中に拘束され、彼の香りに包まれる。
いつもむせるくらいに漂っている花の香りが、今日は薄い。
違う、ここ最近、きっといつも。


「あれ、大人しい…骸クン、熱でもある?」

「失礼な」


彼の香りを感じたくて、ひたすらにシャツを皺くちゃにしながら顔を埋める。

僕だって足りないんですよ、分かってます?

多分分かっているんだろうなと思い、少し悔しい。
でも、逢えない状況に比べれば何倍も。
だからこそ今のうちに、この温もりを刻みつけておきたいのだ。


「なに?今日は甘えたさんだね」

「…人のこと言えないでしょうに」


もぞもぞと動いたかと思ったら、顔が目の前に迫ってきた。
驚いて身を引こうとすると両手で頭をホールドされる。


「骸クン」

「な、んですか近いですよちょっと!」

「ふふ、可愛い」


お互いに息がかかる距離だ、近すぎる。
それなのに白蘭はどうもせずただにこにこと僕をみつめているだけだ。
こう近くては視線すら逸らせず、結局間近で見つめあうというなんとも恥ずかしい状況に落ち着いてしまう。


「ねえ、今日は何食べた?」


彼は囁く声なのに、距離のせいかうるさく感じられる。
いや、うるさいのは鼓動だ。
こんなに近いんじゃ、もしかしてこの音が聞こえているんじゃないだろうか、そう思うと恥ずかしくてたまらない。
ごまかすように会話をする。


「朝はパン、昼はパスタ、夜はフレンチでした」

「わーおいしそー僕なんて携帯食だよほとんど」

「ボスより捕虜の方が良い食事をしているなんて、このファミリーも終わりですね」

「捕虜じゃないよ、ボスの恋人」


「…知りません」

「あんまり冷たいこといわないでよー」


暗闇で助かった。
しかしこの距離ではきっと赤く染まっているのは見えているんだろう。
そう思うとさらに顔が熱くなったような気がして、そっけない返事が飛び出した。


「ねえ昨日は?おとといは?」

「昨日は日本食をリクエストしたら三食全部それでした、おとといは…覚えてません」

「えっと、じゃあね、何時に寝た?昨日」

「……白蘭、なんでこんなことばかり聞くんです?」


いよいよ不審に思えたのでそう聞くと、白蘭はちょっと困ったように笑った。


「だってさあ…」

「…まあいいですけど」

「寝てたくないの、骸クンともっとおしゃべりしてたい」


いいと言ったのに。
そう言われると嬉しくてこちらまでそう思ってしまうではないか。

白蘭には吐き気がするほど甘い自分が恨めしい。


「好きになさい。
 …でも、明日も早いんでしょう?」

「いいよ別に」


少し拗ねたように彼が唇をとがらせる。




「………骸クンは嫌?」



勿論、…嫌な訳はないが、何故か口に出すのは憚られた。
黙って首を振ったが、白蘭がなんの反応も見せないのでもしかしたら気付いていないのかも、と思った。

そのまま見つめ合う沈黙が暫く続いたので、やはり聞こえてなかったのだろうと断定し、ちゃんと口にだそうとした時、白蘭が口を開く気配を見せた。






「ね、骸クン……

 ……僕がいなくて、さびしい?」







心臓がきゅ、と締め付けられるような感覚に陥る。
彼の声はあまりにも低く、切なげで、いつもの余裕を失っていた。

あまり経験したことのない事態に、頭が動きを止め、ゆっくりと流れる時間だけをはかっていた。


口を開こうとしたとき、またも。





「……ううん、なんでもない、変なこときいてごめんね、おやすみ」




彼はそのこわばった声色のまま酷く淋しげに笑い、寝返りを打つと僕に背を向けて、




「白蘭っ!」




その瞬間僕は彼の名前を叫んでいた。
そして何も考えないままに、本能に従って彼の背中に抱きついた。


「白蘭、さびしい、…さびしいです、すごく」


こわばった背中に頬をつけ、彼の温もりを感じ取る。

あたたかい。
こんなに彼は疲れているのに。


「…」

「…白蘭」

「……骸クン」


白蘭がゆっくりと身体をまわし、僕ともう一度向かい合う形になった。
先ほどよりも少しだけ遠いが。


「…本当に?」

「はい」

「……待っててくれる?」


遠くなった距離を憎く思いつつ、彼の頬に手を添えると、返答の代わりに唇を唇に重ねた。
白蘭は驚くような気配を見せていたが、やがて僕の頭の後ろに手を置き、口づけを深いものにした。


たっぷりと三分は経っただろうか。
唇をどちらからともなく離すと、銀色の糸が薄闇に浮かびあがった。


「骸クン」

「……、はい」

「僕、頑張るね」




無邪気を極めたような笑顔で言われ、なんだか肩の力が抜けて、笑ってしまった。

白蘭もつられたように笑い、ふたりぶんの笑い声が部屋にこだました。



セレナーデ
二人で奏でる小夜曲




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