Side.Lenalee Lee
その日は雨、本部は引越し作業に追われてた。周りがやけに静かなので余計に雨の降る音が大きく聞こえる。それと一緒に時計の針の音。
ザァー…………、カチ…カチ…カチ…
そんな音が交ざりあって耳の奥にかすかに残る、
「ん…」
どこだろう、ここ。目を開けると見慣れない白い天井。あぁ、そっか。ここ医務室だ。私、さっき倒れちゃったんだっけ…ここまで誰が運んでくれたのだろう?こんな忙しい時に申し訳なかったな、なんて思いながら乱れてた髪を軽く整える。報告書があって任務が立て続けにあって科学班のみんなにコーヒーを淹れて引越しの準備もあって…3日間くらい徹夜だった。
「もう、兄さんったら本部移転なんていきなり言うから…」
ぽつりと愚痴を零して重い身体をなんとか起こして、ベットから降りようとはするものの立とうとする足はすくんで動かない。誰もいないこの部屋で、婦長と他の看護婦さんはどこ行っちゃったんだろう?と思ってた時、カツンカツンと心地のよいリズムを刻んで足音が聞こえてきた。ああ、足音だけで分かっちゃうなんて。
「かん…だ」
きっと誰から私が倒れた事を聞いたんだろう。
「どこ行こうとしてんだよ、バカ…」
息、切らしてる。
「えっ…と、報告書まだあるし…引越しの片付け途中だし…あとは…兄さんの所に行かないといけないし…寝たらもう元気になったし、心配かけてごめんなさい」
「だから行く、ね?」
神田の顔色を窺うように柔らかく告げると、ゆっくり立ち上がった。良かった何とか歩ける。すれ違い様にありがとう、と呟くとその瞬間優しく彼に包み込まれた。
「…わっ、神田?」
「ラビに"リナリーが倒れた"って聞いた時は…すげぇ心配した」
「…うん」
「そんな頑張んなくていい」
「…うん」
「来い」
言われるがまま手を引かれて長いような短いような薄暗い、静かな廊下。2人の足音だけが響いてる。辿り着いた場所は、彼の部屋。神田がベットに座るから繋がれた手と共に自然と私も彼の隣に座る。すると、神田の顔がいきなり近づいてきてお互いの唇が重なり合った。
「ん…ぁ…っ」
あまりにも突然だったので息の仕方を忘れてしまう。
「は…っ、もう…!いきなりキスしな…」
"しないで"の言葉が遮られ、私の視線がさっきまで彼の肩越しのドアだったのに天井に変わって。心臓がどきんと高鳴ったのが自分でも分かった。
「神田?怒って、るの?お願い…っ、待ってっ」
彼はベットに押し倒された私の首筋に、唇をあてて右手で服の釦を1つ1つ、外していく。首筋にチクリと小さな痛みが走るとキスを幾度となく重ねて。強引な行動に女の私では抵抗してもビクともしない。ずっと怖い表情の彼を見てなぜか涙が流れてしまった。
「ごめん、なさ…心配かけて…ごめんなさい…っ」
釦に手をかけていた彼の指に涙が落ちると困った顔をして、前髪を掻きあげる神田。
「リナ…、怒ってるわけじゃねーよ…」
「え…?」
「もういいから、泣くな」
軽くため息を吐いて、私の乱れた服を直して隣に寝そべる。
「やっぱ、嘘、怒ってる」
「ごめ…」
「いつも頑張りすぎてるお前が嫌いだ」
さっきまでドアの方を見ていた神田が、私の方に向き直して視線がぶつかる。
「どーせ寝てねぇんだろここで寝ろ」
「え、でも」
皆に迷惑かけられないのに…。
「だから、そこが嫌いだって解んねーのか、今言ったばっかだろ無理はすんなって事だ」
はぁ、と大きくため息をついてまた体の向きを私とは逆の方向に向き直した。
「ごめんなさい…心配してくれてるのに、寝て…いい?」
「……ああ」
ふわりと彼が広げてくれた右腕に頭を乗せて目を閉じた、少し経つと前髪にかすかなぬくもりを感じて、気持ちよくリズムを叩く。雨音と、私の前髪を優しく撫でる彼の手があまりにも心地よくて。
――――…私はそのまま、深い眠りについた。
優しい彼の手と
(・・・ねぇ、大好きよ)
(言葉じゃ足りないくらい)