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a quirk of fate 番外編〜あたしと彼と秘め事〜


テレビで観ていたニュースがCMに移ると、年上の彼女は小さな手で口許を押さえながら、ふぁ〜っと欠伸をした。
時刻は深夜1時を少し回ったところだ。
勤め人である彼女の朝は、しっかりと朝食を食べ弁当を持参する為些か早い。
いつもなら既に寝ている時間だったが、特番だか何だかで日課のように観ているニュースがこの時間帯までずれ込んだのだ。
それを律儀に観ていた彼女は、薄らと涙の浮かんだ目を擦る。

「そろそろ寝よっか」
「そうだね」

手元のリモコンでテレビを消し、ソファから立ち上がった彼女が、同様に立ち上がった僕に言う。

「それじゃぁおやすみ、雲雀くん」
「おやすみ」

1日の最後の挨拶を交わしたというのに、彼女はその場から立ち去らず、じっと僕を見つめる。

「何?」
「今日こそはベッドに潜り込まないように!」

そう言って年上の彼女は、ビシッと音がしそうな勢いで人差し指を突き付けてきた。
晴れて恋仲になったというのに、彼女は頑なに僕がベッドに侵入するのを拒む。
全く以てそれは僕の不満の種なのだが、この場で言い争うつもりはない。

「……分かった」
「本当に?」
「あぁ、分かってるよ」

即答しなかったのが不満なのか、「本当に分かってるのかなぁ」と呟きながら、彼女は不承不承自身の寝室に向かった。
彼女の疑いは至極当然だ。

僕が『分かった』と言ったのは彼女の言い分に対してであって、僕は一言も『潜り込まない』とは言っていないのだから。

無論今夜も僕は彼女の寝床に忍び込む。
彼女が憂慮しているようなことが目的ではないし、もしうっかりその気が起きても、彼女自身が望まないうちは堪える自信がある。
彼女を困らせても、泣かせるつもりはない。

僕はただ、惚れた相手の傍に居たいだけ。
そしてもう少し、彼女には素直になってもらいたいだけだ。

その為にもこればかりは止めるわけにはいかない。

幸い彼女は寝付きが良い上に、眠りも深い。
彼女が寝静まる頃合いまで読みかけの小説の続きを自室で読むことに決めて、僕はリビングを後にした。


***


いつもと違うサイクルでベッドに入ったせいだろうか。
うとうとはするものの、今夜のあたしはすんなりと眠りに落ちることが出来ずにいた。
やだなぁ…明日の朝辛そう。
幾度かの寝返りの後、そんなことをぼんやりした頭で考えていると、横を向いて寝るあたしの背後が不意に沈む。

あたし以外の『何か』が、ベッドの中に侵入してきたのだ。

犬や猫を飼っている人はよく一緒に寝るというけれど、生憎我が家には、寝ている主人のベッドに暖を取りに来るようなペットはいない。
その代わり、同居人がひとり。

―――雲雀くんだ。

寝る前に釘を刺したというのに、年下の彼は性懲りもなく潜り込んできたのだ。
あたしの眠りが浅いとも知らないで。
分かったって言ってたのに…!
全く…どうやったらこうも物音を立てず、忍び込むことが出来るのか。
一緒に寝たいという雲雀くんの気持ちは分かる。
あたしだって本音を言ってしまえば、好きなヒトと一緒に寝るのは嫌じゃない。
けれど―――どうしたって理性が邪魔をする。
自分が分別を持ち逸脱を恐れる大人であり、彼が誘惑に弱い多感な中学生であるという事実が。
今までは大丈夫だったとしても、彼が寝ているあたしに悪戯心を抱かないとは言い切れない。
雲雀くんが自分のしたいことしかしないと明言する以上、万が一でも可能性があるのなら排除しないと。
何より雲雀くんに強く迫られて、それを最後まで撥ね退けられる確固たる自信があたしにはない。

ここはひとつ、勝手に潜り込んだことを心底後悔するよう、最大限に驚かせてやろう。
彼はあたしが熟睡していると思っているはず。
よし。雲雀くんがあたしを抱き枕にして人心地付いた瞬間に振り返って「わっ!」ってしてやろう。
そうしよう。

そうこうしているうちに、彼は完全にベッドの中に潜り込んでしまった。
あたしを起こさぬよう、慎重に。ゆっくりと。
雲雀くんの両腕が優しくあたしの身体に巻き付き、潜め切れない呼吸があたしの首筋を擽る。
―――今だ!
そう思った瞬間、雲雀くんの心地好い少し低い声が唐突にあたしの鼓膜を揺らした。

「…貴女はもっと僕を好きになる」

耳元で囁かれた甘く切ない声色に、振り返ろうとしていた身体が硬直する。

暗示、かけてる…の?

胸の奥がきゅぅっと狭くなる。

や、止めてよぉ。
そんな可愛いことされたら、怒れなくなっちゃうじゃない…っ

こっちの動揺など露知らず、あたしを優しく包み込んだまま、雲雀くんの呼吸は規則正しいものに変化していく。
大人びた雲雀くんが垣間見せた、眠っている相手に暗示をかけるという年相応の行動。
まさかこれ毎晩やってる…?

―――ヤバい。可愛過ぎる…っ

すっかり不意打ちを食らってしまったあたしは、結局彼をベッドから追い出すことが出来ず、ドキドキする胸を宥めながら寝たふりを続けざるを得なくなってしまったのだった。

***

翌朝。
イングリッシュマフィンに挟むベーコンエッグを焼きながら、あたしは昨晩の出来事を思い出していた。
あの雲雀くんがあんな風に暗示をかけるなんて……不安にさせちゃってるってことだよね?
あたしの気持ち、ちゃんと雲雀くんに伝わってないのかなぁ。
こんなに好きなのに。
焼き上がったベーコンエッグをお皿に移しながら、小さく息を吐く。

「はぁ…もっと好きにだなんて、これ以上どうやって好きになったらいいのよ…」
「今、何て言ったの?」
「え?!」

振り返ると、そこには顔を洗い終えてキッチンへ戻ってきたらしい雲雀くんが立っていた。
やだ、あたし無意識に声に出してた?!

「……まさか貴女、昨夜寝たふりしてたの?」
「え?!いや、うん、あの、君を驚かそうと思ってですね…!」

テンパって何故か敬語になるあたし。
見る見る顔を真っ赤にした雲雀くんは、それを隠すように自分の左手の甲を唇に当てる。

「信じられない…っ」
「ご、ごめん!悪気は…ちょっとあったかもしれないけど、まさか雲雀くんがあんなことするなんて思ってなくて!」
「言い訳なんて聞きたくない…!」

雲雀くんはそう言って、今度は両手で顔を覆ってしまった。
えぇ!雲雀くんそんな照れ方するの?!
うわぁ、可愛いっ…じゃなくて!
両手で顔を覆っても、ふわふわの黒髪から覗くこれまた真っ赤な耳までは隠せていない。
本気で恥ずかしがっている証拠だ。

「ホントごめん!何でもするから、怒らないで?」

両掌を合わせて謝ると、雲雀くんは顔を覆っている手の指を少しずらして、その隙間から漆黒の瞳を覗かせた。

「……マフィンに挟むベーコン増やして」
「増やす増やす!」
「…今度の休日デートして」
「するする!君の好きなところに行こう!」
「今夜から一緒に寝るの解禁し「それはダメ」」

鰾膠もなく断られ、指の隙間から覗く雲雀くんの瞳が恨みがましいものに変わる。

「…何でもするって言ったのに」
「それはそれ。これはこれ」

小さな舌打ちと共に、彼はくるっと後ろを向きスタスタと歩き始める。

「ちょ、ちょっと!朝ご飯は?!」

雲雀くんは何も答えず、そのまま自室へと姿を消してしまった。
び、びっくりした〜!
さて、どうしたものか。
怒ったというより恥かしくてまともに顔を合わせていられなかっただけだろうけど…うーん、雲雀くん結構根に持つからご機嫌取るのが大変そう。

―――でも、これでベッドに潜り込むのを止めてくれるかも。

そう思った途端、急に淋しさが込み上げてきた。
…いやいやダメだって。
あたしがこんな風に思っちゃ、彼に示しがつかない。
朝食は用意しておけばあたしが仕事に行った後にでも食べてくれるだろうから、先ずは追加でベーコン焼きますか。
あたしは短く息を吐いて気持ちを切り替え、冷蔵庫のドアを開けた。

その夜。
結局あれやこれやと気を揉む必要もなく、仕事から戻ったあたしに雲雀くんはいつも通りに接し、しれっとベッドに潜り込んで来たのだった。
変わらなかった日常にちょっぴりホッとしてしまったのは、年下の彼には内緒の話。


2015.2.14