リコルス饅頭


 コルトレカン島、リコルス港。
 冒険者たちが通りを行き交う中、件の一行は市場で各々の買い物をしていた。
 元々『観光』と銘打っている旅であるから予定がなければ基本的に自由行動なのだが、先日の海難事故で紛失してしまった旅の備品が多少あったために、こうして店の間を転々としている。
 腕に抱える荷物の量を見て、粗方の買い物は終えた、と、パレットは一息付いた。
 尼僧の衣を整え、手近なベンチに腰を落とす。金髪を手櫛で正してから、買った荷物を背嚢へ収納する。傷薬、解毒薬……基本的な旅の必需品だ。
 いくら自分が治療や補助の術式を扱うクラスといえど、万が一がある。自分の役不足をひどく実感しているから、これらを欠かさずに持っていたい。
 最後のひとつを背嚢に突っ込む。
 そのとき、かさりと音を立てて何かが落ちた。……紙切れのようだった。

「……『リコルスまんじゅう』 か」
 なぜ饅頭か。用途が分からず、このメモを書き出した己に首を捻る。
 饅頭と銘打つからに、どうみても生菓子だ。生物を何に。
 パレットが不意に気づく。どこからか風に乗って甘い香りが運ばれてきている。
 探す手間もなく、その場所に見当が付いた。まっすぐ進んだ道の先に『リコルス饅頭』と描かれた渋いのぼりがはためいていたのだ。
(美味しいのかな?)
 『観光』と銘打っている旅なのだから、こういう好奇心は無駄にしたらいけないように思う。先を歩く二人に声をかけようか悩んでいると、フウマがそののぼりに気が付いて声を上げた。
 そばを歩いていたリュウが首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「掲示館の依頼を思い出しまして……」
 言いながら黒衣を翻し店に立ち寄る。テキパキと注文を述べて、「リコルス饅頭一箱――」そして戻ってきた。
「丁度出来合いが無くて少々時間が掛かるそうですから、その間にこれでも食べてましょう」
 フウマの手には紙に包まれた饅頭が三つ。やったね!――パレットは心の中でガッツポーズした。

 店前のベンチに三人並んで腰掛け、早速の饅頭を頂く。口に広がる素朴な甘さ。甘いが、甘過ぎず、しつこ過ぎず。…粒餡なのが個人的に惜しい。
 その間に店の人がやってきて、緑色のキレイなお茶を煎れてくれた。待たせてしまっているからと、サービスらしい。細やかなその心遣いにフウマが礼を述べる。この茶葉は環の国から取り寄せたものなのだとか。苦いが、後味がさっぱりしている。甘さのある饅頭と苦みのあるお茶。なんとなく気に入った組み合わせだと、パレットは心中でひとりごちた。

 それから数分程あと、できたてのリコルス饅頭の包みを手に持ち、パレット達は店を後にした。太陽の位置は丁度真上に差し掛かっていた。
「そういえばその饅頭、どうするんです?」
 パレットがサンドイッチを頬張る傍ら、リュウがフウマを振り返った。
「掲示館の依頼でしたよな……確かアナナスの?」
「その通り」
 げ、と呻きながらたこ焼きに串を刺すリュウ。
「……となると柴峰山越えですなあ。今度はしっかり準備しなきゃ」
 フルーツヨーグルトをかっこみつつ、フウマが頷く。
「まあ……今回はパレットさんも居ますから、無難にセタセタを利用するつもりでいますよ」
 セタセタと聞いた途端にリュウの表情がぱっと明るくなる。
「セタセタかあ……いっぺん乗ってみたかったんですよね。なら、山越えはかなり楽になりますな」
「ええ。でも一応準備は怠らずに行きましょうか。前回の二の舞はもうこりごりですからね…」 以前の山越えに一体何があったのか首を突っ込みたかったが、結局パレットは塩味が効いたサンドイッチの咀嚼に専念することにした。
 

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