いろは唄 | ナノ


紙という媒体は思っているよりも繊細なもので、そしてそこに記されている情報は何気ないものから重要なものまで多種多様、感じ方もその価値も人それぞれだ。
ここ、忍術学園の図書室には膨大な量の蔵書が存在する。それこそ図書室のみに留まらず、滅多に読まれない書物を保管しておくための蔵までもがあるくらいで。
天気のいい今日、図書委員たちは本の虫干しと若干の入れ替えを行っていた。その入れ替えは図書室の中だけではなく、蔵のものも含まれている。
この学園に存在する全ての書を読み尽くし、且つ収納場所も把握している九子が入れ替えの仕事を申し出て、じゃぁ僕も手伝いますと手を挙げたきり丸と二人で丁度抱えきれるほどの本を運び出す。頭上から降り注ぐ日差しは心地良い暖かさだ。


「こんな小難しいの読むのなんて九子先輩くらいじゃないっすか?あ、でもこの前千茅さん借りにいらしたかも」
「そっちの二冊は仙蔵先輩と兵助も読んでたよ」
「うへぇ」


腕に抱えた、蔵に収納する予定のものたちの表紙を見て眉を顰めるきり丸。
まだまだ彼ぐらいの年齢なら難しい書など必要ないし、思いっきり外で遊びまわるのが似合うだろう。最も、歳を重ねても書とは縁もゆかりもない者もいるが。
しかしきっとこの子は近い将来、とても頭の切れる忍になるだろうと九子は思う。今だって頭はいい、技術が無いわけでも体力面で劣っているわけでもないけれど、それでもこの子は頭脳派だ。


そんなことを思いながらも足を進めていると、ふと九子が視線を右方へずらした。次いで口を開かなかった彼女の代わりに、あ、ときり丸が声を漏らす。
丁度壁の向こう側から出てきたのは三つの影。今から課外実習なのだろうか、頭巾を被った兵助、勘右衛門、そして千茅の三人で。
普通の話し声が届くほど近い距離ではない。だが、しっかりとこちらを認識した三人は三者三様で合図を送ってくる。兵助は軽く手を挙げ、勘右衛門はぶんぶんと腕を振り、千茅は微笑み。


そんな彼らに慌てて頭を下げるきり丸の隣で、九子は特に近付いていくでもなくただひらりと手を振り返すとまたすたすた蔵に向かい足を進めた。一歩遅れてきり丸がついて来る。


「…先輩たちって仲いいですよね」
「ん、そうだね」


他の学年が不仲なわけではないが、特に忍たまくのたまの壁を越えての五年の仲の良さは最早周知の事実だ。
さんざん言われ続けてきた上に、気分の悪いことではないし彼女もそう思っているため、きり丸の言葉に九子はこくりと頷く。
最も、忍びとして考えるならば仲良しこよしが良いことかと言われると必ずしもそうとは言えないのだが。しかしそこら辺の考え方、それ以前にそこまでの話はまだ一年生のうちから考えるべきことではない。


「やっぱり一年生の時から特別仲良かったんですか?」
「いや、そうでもないよ。二年の途中で存在知ったり」
「さすが九子先輩…」
「だから、」


蔵の前に到着し、一度書を下ろす。
鍵を取るために動くはずの手は、懐に入る前に小さな頭の上にそっと置かれた。


「は組の皆は、素敵な仲間になるね」
「…そっすかねぇ」


一度大きく目を見開いて、少し気恥ずかしそうに目を泳がせて。
照れ隠しのように取り繕った苦笑と、しかし隠しきれていない頬の赤さに九子は柔らかく数度頭を撫でた。




20130629