いろは唄 | ナノ


どうも皆さんこんにちは。一年は組の笑顔担当、夢前三治郎です。
同室なのはカラクリ大好きな兵ちゃん、僕も一緒に作ったりします。あと走るのも好きで、は組で一番、いや学年で一番速い乱太郎とよく競争したりしてるんだ。兵太夫にも乱太郎にも敵わないけど、でも楽しいです。
まぁ僕の紹介であんまり長引かせるのもあれなので、さくさくと話を進めていきたいと思います。
今僕が、というよりも僕たちがいるのは裏山を過ぎた裏々山。竹谷先輩率いる生物委員の面々で毒虫の餌とか植物の種とか、そういったものを探しに来ています。
どこの委員会も同じだけど、生物委員会も予算が無くて…。


「よーし、ここら辺でいいだろ。あんま遠くに行くなよー!」
「「「「はーい」」」」


生物委員会は、圧倒的に一年生の数が多い委員会です。
委員長代理の竹谷先輩と、あと三年生の伊賀崎孫兵先輩を抜かしたらもう後は僕たち一年生だけ。じょろじょろとした僕らの面倒を竹谷先輩はよく見てくれます。
宿題だって教えてくれるし、相談事にものってくれるし…って、また話が逸れちゃった。えぇと、そんな竹谷先輩の言葉に手を大きくあげて返事をして、僕たちはそれぞれ籠とか網を手に歩き出そうとして、


でもそれよりも先に、お、と竹谷先輩が声をあげたものだから、一歩踏み出そうとした足をそのままに全員が竹谷先輩を振り返る。
なんだろう、と首を傾げてみても竹谷先輩はどこか嬉しそうというか、そんな表情で上を見上げているだけで。
同じように顔を上向かせてみても、いい天気だなぁ、なんて気持ちになるような空が葉っぱの間から見える以外には何もない。ぽっかり浮かんでる白い雲なんて、しんべヱがお饅頭に見えるって言いそう。


だけど、ちょっとの間そうやってたら伊賀崎先輩も何かに気付いたようで、それにまた首を傾げるよりも先にとん、と小さな音をたてて何かが僕たちの前に落ちてきた。
違う、落ちたなんて不安定な感じじゃなくて、これは降りてきたって言うのが合ってる。


「帰りか?」
「ん」
「お疲れさん」


竹谷先輩の労いに、八も、と短く気安い感じで返事をしたのは、竹谷先輩と同じ色の忍服で、いつもと髪型はちょっとだけ違うけど、静かで落ち着いた優しい声。
九子先輩だ!


先輩は高い位置で結われていた髪を下ろすと、横っかわでまた結び直した。いつもの九子先輩だ。
たまにこうやって髪型の違う先輩を見ることがあるけど、その意味を僕は知らない。ただ、いつか食満先輩がやっていたように竹谷先輩が九子先輩の頭を撫でた。
ちょっとだけ乱暴にも見えるけど、なんだかすごくあったかくなる撫で方。


「九子先輩!」
「みんな委員会お疲れ様」


竹谷先輩に撫でられていた九子先輩は、今度は近寄っていった僕たちの頭を順番に撫でてくれる。
そっと優しく触れてくれるその手は竹谷先輩の手とは違って小さくて細くて、でも僕の手よりも大きくて、くすぐったいような嬉しいような気持ちがお腹の中から込み上げてくるみたい。
くの一教室のユキちゃんやトモミちゃんは意地悪だけど、同じくの一教室でも最上級生の九子先輩と千茅さんはいつも優しい。そう言うとユキちゃんたちすっごく怒るから言わないけど。
団蔵がいつだったか、九子先輩のことを母ちゃんみたいだって言ってた。普通そこは姉ちゃんだと思うんだけど、でも何となく分かる僕もいる。


  三治郎の笑顔は素敵だね。みんなを笑顔にできるから


前、九子先輩にそう言ってもらったことがある。


九子先輩が喜怒哀楽を出しているところを僕は見たことがない。多分、は組のみんなもないと思う。
あ、でも鉢屋先輩がいるときの先輩はちょっと怒ってるかな。怒は例外ということにして。
千茅さんは見かけるといつも笑顔を返してくれるけど、九子先輩は笑わない。千茅さんと九子先輩は一見対照的だ。


だけど。


「…ジュンコ」


伊賀崎先輩の首元からふいと離れて木にのぼっていきそうになったジュンコを、窘めるかのように九子先輩が呼ぶ。
そうすると何故だかジュンコは九子先輩の方にするすると降りてきて、仕方なさそうに伸ばされた腕に巻き付いて、それを九子先輩が伊賀崎先輩に返す。そのときの九子先輩の雰囲気というか、別にこのとき限定じゃないけれど。
じんわりと沁みてくるって言うのかな、庄左ヱ門ならもっと的確な言葉を教えてくれるかもしれない。むずむずするような、柔らかい空気なんだ。


笑顔を浮かべてるわけでもないのにこんな気持ちにさせてくれる方がすごくて素敵だと思うんだけどなぁ。




20130713