いろは唄 | ナノ


似てるよね、と評したのは後輩であり年長者でもある彼だった。
勿論今まで一度もそのような評価を受けたことは無いし、言われた本人自身も全く感じたことは無い。
まぁしかし、彼の目線で見るならば、なるほど自分達は確かに似ているのかもしれないとも思ったのだ。

そうして納得がいくと、何とはなしに興味も出てくるというものだ。




「へーすけー?」
「ん?」
「何の思い付きかな?」

くすくすと苦笑を装った楽しげな笑みを溢す彼女の後ろで、彼はその柔らかな蜜色を遊ばせて目を細めた。

つい先程数日ぶりに学園に戻った千茅が、ふらりと自分達の部屋の前を通ったのをいいことに、そのまま同室の勘右衛門ととっ捕まえて。
その流れで至極当然のこととして開催の決まった茶会はいつものことだ。
残念ながら今回実習で校外へ出ているろ組の面々と、別件の御遣いに行かされている九子が欠席であるので必然的に三人ということになる。

そうして嬉々として茶の用意に消えた勘右衛門を見送ったのと、ほぼ同時。
何を思ったのかがしりと自分の髪を掴んだ兵助に目を瞬かせたところで先程の会話へと続く。


くるくると指に巻きつけるように毛先を遊ばせる彼は、一体どんな意図を持ってこの突飛な行動に出たのか。残念ながら推察するには少々情報が足りなかった。
千茅の思案を余所に、彼は些か興が乗ったようで楽しげに指を動かし続ける。

「柔らかいな」
「んー、まぁ癖毛だしね」
「この間八が連れてた狐の毛並を思い出す」
「はは、兵助はナンパ下手そうだよね」

恐らく大半の女性は喜ばないだろう感想を述べた兵助に半ば噴き出す様に笑うと、彼女は後ろ手に兵助の髪を掬い上げた。
自分のものと同じく緩く波打っているが、色は艶やかな黒糸のそれだ。

「触りたいなら自分のでもいいんじゃない?」
「別に髪に触りたい訳じゃない」
「そう?てっきりタカ丸さんに移されたのかと思ったけど」

笑みを滲ませた彼女の言葉は完全に揶揄の色だったが、あながちそう間違いではない。

「“似てる”んだそうだ」
「何が?」
「俺と千茅は」
「…あぁ、何となく分かったよ」

淡々と述べる兵助に彼女は一瞬首を傾げたのものの、すぐに合点がいったように表情を緩めて苦笑する。

「そう言われればそうかもしれないね。兵助も癖あるし」
「その中でも特に“くるくるでふわふわ”なんだそうだ」
「なるほど。癖っ毛の子は結構いるけど確かにその表現に当てはまるのは学内では私と兵助くらいかな」

同じ対象に抱く理解と表現は人によって様々だ。
今まで誰一人として彼女と兵助を並列して“似ている”と言ったものはいないが、なるほど髪結いの視点を持つタカ丸に言わせれば二人は同じカテゴリーに属することになるらしい。

多分昨日の委員会でそんな話題になったんだろうなぁと熱心に語るタカ丸の姿を脳裏に描きつつ、未だに弄ばれ続けている髪を見て頬を緩めた。

「それで?」
「ん?」
「確かめてみたかったんでしょ?似てるかどうか」
「あぁ…似てるといえばそうなんだろうけどそっくりではないな。流石にここまで手入れしてない」
「そこはまぁ…くの一だし。でも兵助は綺麗な髪してると思うけど」

掌を滑り落ちた彼の髪の手触りは絹のそれとまではいかないまでも、滑らかで美しい。
癖毛であるためにサラストランキングなるものに名は連ねられていない彼だが、男子にしては十分すぎる綺麗さだろう。

そんな千茅の言葉を受けた彼は淡々と一言、この上なく説得力に満ちた答えを返す。

「手を抜くと刈られるからな」
「…あぁ」

何が。誰に。
そんな当たり前のことを態々尋ねる必要もなく、彼女は苦く言葉を濁した。

「たまに八が頑張ってるよね…」
「昨日は土井先生にも矛先が向けられてた」
「お気の毒に」

だがその光景は少し見てみたかったかもしれない。
少し意地の悪い考えを口にすることはなかったが、彼には恐らく筒抜けなのだろう。

噛み殺し切れなかった笑みを漏らす彼女の顔を後ろから覗き込むようにして、兵助は彼女の髪を結いあげる髪紐に手を添えた。

「千茅」
「ん?」
「下ろしていいか?」
「…兵助がそんなこと言うなんて、タカ丸さんの一言は結構大きかったみたいだねぇ」
「興味本位だ。編み込みくらいなら出来るぞ」
「はは、じゃあお願いしようかな新米髪結い師の久々知くん。お代は今日の定食の豆腐でいい?」
「よし受けよう」

からからとおどけて見せる彼女の髪紐を解きつつ、彼は僅かに頬を緩めて笑った。
さて、勘右衛門が戻る頃には終わるだろうか。


その日、結局五いの二人に弄り倒される結果となった彼女の珍しい姿は、くの一教室の間で密かな噂になったという。



20130519