いろは唄 | ナノ


目上の人間をこう言ってはなんだが、彼女は妙な人だった。
真面目であり奔放、大人びたようで幼さも孕んでいる。もう数年も傍で過ごしているのに全く実態が掴めない。

でもただ一つ、彼女について知っている確かなことがあって。



「………」
「…滝くん、どうかした?」
「いえ」
「その割には視線が刺さるなぁと思うんだけど」

苦笑を湛えるその人に否定を返しつつ、彼女を見つめるのを止める事はしない。

委員会後で泥だらけで、七松先輩の無茶な鍛錬を終えて力尽きた下級生を保健室に担ぎ込んで。
そうして漸く解散の号が掛かった後で、その場で伸びをした彼女は特に疲れた様子も無い。
ただでさえ常軌を逸した鍛錬の合間に休憩することもなく、体力を持て余した七松先輩の手合せの相手を務め、その帰りには動けなくなった金吾を背に抱えて戻ったというのに。

一つ年上だとはいえ女性で、腕なんて私よりずっと細い。それでも確かにこの人はくの一教室を支える希代のくのたまなのだと実感させられるのだ。


そんな彼女は決まって、この委員会を終えた後に満足そうに天を仰いで伸びをする。
そしてその時に傍にいるのは大抵私だけで、その丸い瞳に映る景色を知るのも私だけ。

「貴女の瞳は、青いですね」
「…青、か。面白い表現だね」
「決して俯かない貴女を少しだけ羨ましく思いますよ」
「俯かない訳じゃないよ。…理想を追い求めて虚勢を張り続けるには、上を向いていなくてはいけないだけ」

くすくすと可笑しそうに笑って、ゆるりと軽く私の頭に手を添えた彼女が眩しかった。

「虚勢も張り通せばそれは事実です。貴女の青は、嫌いではないですよ」
「…ありがとう、滝くん」

笑った彼女はこの優秀な私が認める数少ない先輩であり、その直向きな努力はあまりに痛ましくて、思わず支えたいとすら思ってしまう。
そんな、女性なのだ。




空色の瞳
(たとえ本物でなくても、それが空の色には変わりない)



20121017