いろは唄 | ナノ


「食満先輩ー」
「ん?どうした」
「湯呑、一つ多くないですかー?」


ひぃふぅみぃ。
喜三太が指を指して数える湯呑は全部で六つ。ここ用具委員会の委員は一年から六年まで合わせても五人なわけで、彼の言う通り確かに一つ多い。
そしてもう少し言うと、その余分な一つは委員長である留三郎の隣にちょこんと鎮座していて。
こてんと首を傾げながら問う喜三太と同じように首を傾げる他一年生二人に、あぁそれはと答えたのは問われた留三郎ではなくその隣に控えていた作兵衛であった。
にじり。膝立ちの状態で下級生に寄っていく。


「オメーたちは初めてか。今日は合同委員会の日なんだ」
「「合同委員会?」」
「…それって…」
「くのたま委員長を交えての委員会だ。双璧の二人は知ってんだろ?」


歴代の中でも類を見ない程に優秀だと謳われる五年生のくのたま二人組。
武術に優れ知識も豊富。そんな彼女たちの噂は例え普段行き来が禁止されているこちら側でも新入生でも、そんなこと関係なく多かれ少なかれ耳に入る。
上級生のいない中くの一教室を纏める彼女たちは、九つ存在する委員会もたった二人で遣り繰りをしているのだ。
ひそひそ小さく輪に纏まる下級生たちと、ずずっと茶を啜る留三郎。


「や、やっぱり怖い人なんですか…?」
「いや、口数は多くないけど優しい先輩だぜ?…鉢屋先輩が来なければな」
「鉢屋先輩?」
「でもでも、くの一教室だし…」


盛大に噂されている双璧の片割れは、確か生物委員会に顔を出してから来ると言っていたがそろそろだろうか。留三郎は後輩の輪を横目にまた茶を啜る。
それにしても一年生たちの中々のビビり様に、随分とくの一は怖がられているなぁと思わず苦笑が零れた。まぁ無理もないだろうが。
ここ忍術学園では、普段接点が少ない癖に妙に合同演習を組むせいで、学年によって多少差はあるにしても男女の溝があまり浅くはないから。自分たちもかつての同学年のくのたまたちとは随分と睨みあった。
しかし二年生以上の者なら、かの有名な双璧は後輩を可愛がることは知っているし、基本性格が穏やかなこともまた周知の事実だ。基本。


怯える一年生に少し面白がっている作兵衛に留三郎がその辺にしておけと口を挟もうとしたところで、カラリ、唐突に部屋の障子が開いた。
室内の一部の空気が固まる。五つの視線が入り口へと集まって。


「すみません、少し遅れました」
「いや。生物委員会は終わったか?」
「…八左エ門が合同委員会のこと忘れて、委員全員裏山に出払ってて…」


また後で行きます。
そう無表情のままに  とは言ってもその内心は若干の呆れが混ざっているのだが  続けながら室内へと入ってきたのは、一年生たちにとっては見たことの無い人物だった。
慣れたように留三郎と言葉を交わす彼女、群青の装束という出で立ちはくのたまの五年生。
そして今までの情報、今日は合同委員会だということ、一つ多い湯呑。
それらがピッタリとパズルのように組み合わさって、一年生三人は思考回路も身体への伝令もストップした。
要するに、ものの見事に固まった。


「こんにちは、九子先輩」
「作兵衛。こんにちは」


そんな彼らに呆れたように溜め息をつき、作兵衛はこれまた慣れたように入ってきた人物、九子へと挨拶をする。その彼の目が輝いてみえるのは気のせいではないだろう。
促されるままに席についた九子はそんな作兵衛に当たり前のように挨拶を返し、そしてその事実が一年生を現実へと引き戻した。
留三郎から湯呑を手渡されてのんびりと茶を飲んでいる人は、作兵衛と親しく挨拶を交わしていた人は、つまり。


繋がったような繋がらないような、分かるようで分かりたくないような事実が脳内をぐるぐると駆け巡る。
ふぅと一息ついて、彼女のその感情のよく分からないぼんやりとした瞳が自分たちへと向けられたことで、再び一年生たちの周りの空気だけがビシッと聞こえる筈のない効果音と共に固まって。


「…先輩、やっぱりこれ怖がられてます?」
「あー、まぁ初めてだしな。おいお前ら、別にとって喰われるワケでもねぇんだし怯えんなって」
「喜三太にしんべエ、それに平太、だよね。…えーと、九子です」


よろしく。
小さく首を傾げながら言われた言葉に、思わず目を見合わせる三人。
どうする、どうしよう。きょどきょどとした後に何とも言えない空気が漂って、最終的にすがるかのような三対の視線が留三郎へと集まる。
とどめとばかりに九子の視線までもが送られてしまい、後輩たちに見つめられガシガシと頭を掻いた彼は一年生に向けて、自己紹介なり質問なりすればいいだろと半ば投げやりに言葉を送り茶を飲み込んだ。
再び顔を見合わせる一年たち。見守る作兵衛と留三郎、首を傾げる九子。


暫く沈黙が室内を漂い、そしてそれを破ったのは。


「ナメクジ好きですか?」
「よりにもよってそこかよ…」


結局のところ、一年は組はどこまでも一年は組らしい。
はい、と律儀に手を挙げながらの喜三太の質問に九子がやんわりと目を細めたのを皮切りに、やんややんやと彼女へ寄っていく一年生たちと彼らに囲まれる九子を見て、留三郎は作兵衛と視線を交わらせ満足そうに笑みを浮かべた。




20120422/20120624