いろは唄 | ナノ


大きくも小さくもない爆発音の後、もくもくと立ち上る煙によって瞬く間に辺りは灰色に包まれる。
目に沁みる煙たさと喉を刺激する火薬の香り。だがそう長くはもたないだろう、締め切られた室内ならともかくこのお堂は屋根から戸から穴が多すぎるから。
驚いたように響く声。その中に可愛い可愛い後輩たちのものも混ざっているのを聞いて、千茅と九子は互いに一瞬視線を交わらせた。
よかった、どうやら元気そうだ。


「なんだっどうした!?」
「何者だ!!」


一層響くのは混乱した野太い声たち。何者だと訊かれて素直に答える筈がないのに、という呆れは心中にだけ留めておいて、二人は一気にお堂の奥、六人の後輩たちが纏めて縛られている所まで跳ぶ。
天井を一回、壁を二回。音も立てずに蹴り跳ばせばそれはもう目の前で、未だ煙の燻る中再び視線を合わせた千茅と九子は小さく頷きあうと片方は膝に力を入れ、もう片方は体制を低くし懐へ手を入れた。
お互いの動きなんてもう、呼吸をするのと等しいくらいに自然と察知できる。


  ドガッ


千茅の足が六人の傍に、恐らく見張りのつもりだろう、立っていた男の鳩尾へとめり込み、同時に六人を縛っていた縄が九子の苦無により一部を残してはらりと床へ落ちる。
男が倒れ込み、腰に残っている縄をぐいと引かれることにより忍たまたちは訳が分からないまま連れ出され。些か乱暴だが仕方が無い、いくら持続時間が長めの煙玉を使っているとはいえ、さすがに懇切丁寧に説明している暇は無いから。
その間僅か数秒余り。七つの気配が外に出るのを感じ取りながら、千茅は残る三つの気配のうち二つに標準を合わせた。


煙玉のような視界を奪う道具は、相手の動きのみを封じてこそ効果があるものだ。
無論、自分が動けないだなんて馬鹿なことは有り得ない。


(…行った、か)


煙が晴れていく。
既に倒れ伏している三人の男、その中心に立つ千茅と、そしてもう一人。
気を失った仲間たちを気にすることもなくニタリと嫌な笑みを浮かべているその男を見て、千茅は僅かに目を細めた。


***


「…怪我はない?」
「九子先輩!!」


六人分の縄を引っ張りながらある程度の距離を走り、落ち着いたところで四人分のそれは外してやりながら問う。
残る二人はそのままの方がよさそうだ、少しでも目を離すとすぐさま在らぬ方角へと走り出そうとする二人を繋ぎとめる縄をぐっと引き寄せる。いくら相手が忍たまとは言え未だ二年生、二人分くらいどうにかなる、と思う。多分。帰ったら腕の筋が悲鳴をあげていそうだが。
幸い、と言っていいのかは分からないが、九子の名を嬉しそうに呼びながら見上げてくる顔は九子にとって見覚えのあるものたちだった。直接の委員会の後輩だったり、千茅の後輩だったり。
九つある委員会を九子と千茅の二人で分担していると言っても、お互いのフォローの為に相手方の委員会に顔を出すこともある。それ故皆多かれ少なかれ言葉を交わしたこともあるのだが、やはり面識のある者の方が意思の疎通は図りやすいし、なによりこういった場合に安心しやすいだろう。


(まぁこういう役は千茅の方が向いてるだろうけど)


泣きそうになっている数馬の頭を撫でながらぼんやりとそう思う。
だが今は学園へと戻るのが先決だ。見たところそれぞれ掠り傷などはあるものの、大きな怪我は見当たらない。走り方を見ても問題は無さそうだ。
千茅が時間を稼いでくれている間  とは言っても彼女が負けるとは少しも思っていないけれど  に早く帰って、少しでもこの子たちを安心させてあげたい。
そう思いつつちらりと頭上を見上げ、変わらない細い三日月に目を細める。首元から懐の中へと移動していたジュンコが顔だけ出して同じように上を見上げるので、するりとその身体を腕に絡ませ隣を走る孫兵の首元へと帰してやった。


「九子先輩、」
「偉かったね孫兵。帰ったら八左ヱ門にも褒めてもらおう」
「…はい」


照れたように、そして複雑な何かを全て詰め込んだような表情を浮かべる孫兵の返事と共に、他の二年生たちとの距離も心なしか小さくなる。
忍術学園に入学して、一年が経って。まだまだ未熟な、だが一年生のように何もかもが真白で純粋無垢なままではいられない立場。
後輩を守るという立派な務めを果たしたものの、やはり二年生、頼れる存在が来たことで張り詰めていた気が緩んだのだろう。ぎゅっと身を寄せてくる姿がなんとも可愛らしい。
相変わらず見境なしに突っ走っていく二人分の縄をぐいと引っ張り、装束の裾を握り締めてくる藤内をそっと撫で、ずっと歯を食いしばったまま無言で走る作兵衛の背中を押して。


「…もう帰れること前提なのか?随分とお気楽なものだ」


だがずっと緊張しっぱなしだったであろう二年生たちの間にやっと訪れた柔らかな空気は、長くは続かなかった。




20120629